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バケツと状態変化

神楽草

【平面化】

王国から北へ、三刻半。馬を走らせた先にある、深い、深い洞穴。——王国の住民から『戻らずの洞窟』と呼ばれるそこの最深部には、光り輝く金銀宝玉に溢れてるとも、この世の真理を記した書が祀られてあるとも、様々な憶測が飛び交っている。そうして、向かった冒険者達がことごとく帰ってこないから、戻らずの洞窟。……それでも、いまだに洞窟にとび込む輩が絶えないのは、人の性(さが)か、それとも単に知恵が無いだけか。

——ま、商人の私には、あんまり関係ないんだけどね。

「さて。ここらへんに薬草があるはずなんだけど……」
馬をそこらの木に繋ぎ止め、地図を開いて確認。うん、間違いない。この森だ。

「それじゃあ、探しますか!」

* * *

私がこの森に来たのは、ある理由がある。いや、さっきひとりごちた通り、薬草が目当てなんだけどさ。ただの薬草じゃなくて、市場でも最高値で取引されてる、体力と精神力を全回復する、神楽草って種類。特別な環境でしか育たなくて、人間が栽培しようとしてもできないんだよね。それで、その『特別な環境』ってのが、ダンジョンの近くや中、っていうこと。逆に、それぐらいしか知られてないの。だから、神楽草を手に入れるためには、ある程度の危険がつきまとうし、それに伴って、実力もいるんだけど……。
いや、私は大丈夫だからね! きっと! 『お前みたいなちんちくりんじゃあ、無理だ』なんて、おししょー(お師匠)様に言われちゃったけど、そんなことないし! ……だいたい、おししょー様は酷すぎるよ。一流の商人だって聞いたから師事してるのに、やらされるのは鞄持ちとか、売り子とかばっかりで、肝心の仕入れには連れてってくれやしない! オマケに、私をちんちくりん呼ばわりするし! 確かにら背もちっちゃいし、おししょー様みたくスタイルも良くないけど、そうじゃなくて!
……話が、逸れた。まあ、そんな風に思ってた私にとって、この前、寄ってくれたお客さんから聞いた、『戻らずの洞窟のあたりに、神楽草が群生してるよ』ってお話は。おししょー様を見返す絶好の機会だと、私は思ったんだ。

「んん、ないなぁー……」

けど、現実はそんなに甘くないみたい。洞窟周りの森をマッピングしながら探してるんだけど、なかなか見つからない。白い、ひまわりみたいな花をつけるから、生えてればすぐに見つけられるんだけど。とりあえず、草が踏み潰されてて、人の通った跡のある道は、だいたい辿ったっぽい。森のはじめから、例の洞窟の入り口にまで、到着したし、あらかた見尽くした感じがする。そもそも、そんなに大きな森じゃあないみたいだから、しらみつぶしに探そうかな。生い茂った草藪に踏み込んでいくのは少し抵抗があるけど。……これぐらいの苦労は仕方がないか。

「よっし!」

* * *

「ない!」

叫んでしまう。二刻かけて森を歩きまわったけど、切り傷と疲労度をいたずらに増やしただけだった。伸びた木の枝にひっかけて、おししょー様から貰ったローブの袖も、破いてしまった。転んで倒れた時に作った膝の擦り傷が、チクチク痛む。実際のダメージはそんなにないけれど、私の外見は汚れ、くたびれ、満身創痍の様をなしていた。

「うー……」

あのお客さんが教えてくれたのは、嘘だったのかな? かっこいい魔法使いのおねーさんだったから、信用しちゃったんだけど、間違いだったかも。いや、でも、あの人は見るからに大魔法使い、って感じだったし、あると思うんだけど……。
けど、何より!
このまま、手ぶらで帰れるわけが無い!
おししょー様の馬を無断で借りてきてまで来たこの森で、大切なローブをボロボロにして、傷だらけになって、それで、何も持って帰れないなんて! 恥だとか、おししょー様にバカにされるだとか、そういうことよりも。私自身が許せないよ!
じゃあ、森はあらかた探し終わっちゃったし、残るは……。

「あの、洞窟か……」

視界の真ん中に写る、ぽっかりと口を開けた、暗闇。そこへ、歩を進める。

洞窟なら、別に神楽草じゃなくてもいい。何か、いい値段で売れそうな物を見つけられれば、おししょー様だって。大抵、冒険者が帰って来れなくなるのは、欲をかいて先に進もうとするからであって、いつでも、すぐに帰れるように心と身体の準備をしておけば、よっぽどのことが無い限り、無事に帰ってこれる。そういう理論を、今、私が作った。うん、説得力がありそうだし、大丈夫。 気を奮い立たせ、洞穴の入り口に、立つ。

鳥獣の鳴き声。木の葉が擦れ合う音。こんなに騒がしい森の中で、そこだけは、明らかに異質だった。まるで、そこの周りだけ、空気が冷たくなっているようで。無造作に積み上げられた石。じっとりと湿った空気が、肌に絡みつき、心拍を加速させる。

額を伝う汗が、鉛のように重い。

——太陽に雲がかかり、さぁっと、あたりが暗くなる。

「行こうか」

竦む足を無理やりに動かし、私は闇の中へ、身体を沈めた。

* * *

洞窟の中は、静かだった。それに加えて、カビの臭いだったり、暗さが、私の精神を蝕んでいるような気がする。一応、カンテラは持ってるけど。油は節約しろ、っておししょー様に言われてるし、まだ入り口から差し込む光で周りが見えるから、鞄に締まっておく。辺りを見回しながら、一歩、また一歩と、進んでいく。反響する足音が、心臓に悪い。何度も、入り口を振り返ってしまう。帰りたい。いや、でも……。

落ちついて、一歩、もう一歩。しばらく、進む。


——体感時間が、バカみたいに長い。ほんの少し歩いた程度で、ものすごく汗をかいてる。太陽が見えないから、どれぐらい時間が経ったのか、見当がつかない。振り返ると、入り口はまだまだ近い。もう、一刻以上は中にいる気がするが。実は、半刻も経ってないんじゃないか?

引き伸ばされた時間は研ぎ澄まされ、張り詰めた神経に絡みつき、足を鈍くする。もうしばらく歩いた後、この調子で歩いていたら、いつまで経ってもお目当てに辿り着くことが出来ないと、気が付いた。

もう少し、大胆に進む必要がある。

……1歩ごとじゃなくて、5歩おきに、周りを確かめよう。いけそうだったら、10歩おきに。それが、一番安全だと思うから。

そうやって試行錯誤しながら歩くこと、およそ一刻。ようやく、身体が洞窟の空気に慣れてきた。気が付いたのは、こんな入り口に財宝があるわけが無いということと、人や動物の骸に近づかなければ、罠に嵌ることは無い、ということ。
道の中央に転がっていた、骸骨。不信に思い、そこらの石を拾って投げ、当たった。次の瞬間、上から槍が飛び出してきた。
一回目は、死ぬほど驚いた。実際、ちびった。もし、不用意に近付いていたら。けど、その罠をくぐり抜けて、しばらく歩いて。また、骸骨を見た時には、もう察していた。これは、この罠の犠牲になった人の骸だ。だから、この辺りに何かある。それさえ把握してしまえば、安全に通り抜けられる。
周りを、よく見ること。骸骨には、注意をすること。こうこうと燃えるカンテラの熱を右手に、ゆっくり、ゆっくりと私は進んでいく。もう、あの嫌な汗は止まっていた。

そうして行き当たった、三回目の分かれ道。迷わず左を選ぶ。右からは、死臭——腐った肉ような、あの臭いがしたから。

集中。ただ、このダンジョンを攻略する。それだけだ。目を凝らして、額に皺を寄せて。

——広い、場所に出た。小さな家くらいなら、すっぽり入ってしまえそうなぐらいの。骸骨は……ない。大丈夫そうだ。少し、休憩しようか。
大きく息を吐くと、肩から力が抜ける。へなへなと、へたり込むように腰を下ろし、足を放り出す。もたれたい。そう思って、壁に寄り、背をあずける。ひんやりとした岩の温度が、張り詰めて固くなった身体に心地よかった。

「あー……ふうー……」

意外と、どうにかなるもんだ。いや、どうにかなってくれなけりゃ、危なかったんだけど。この調子で行けば、そのうちお目当ての物だって、見つけられそうな気がする。

ふと、対壁の方に目をやる。何か、大きな花が、幾本も、幾本も。視界に入った。

——ひまわり? いや、でも、カンテラの光を受けて、あの色ってことは——

「うっそ‼︎」

跳ね起きる。疲れなんて、一気に吹き飛んでしまう。棒みたいになってた足が、嘘みたい。駆け寄って、近付いて。確かに、神楽草。店で扱ってるのと、全く同じのだ!

——やった! やった!

えもいわれぬ達成感。幸福感。身体が勝手にガッツポーズを作ってしまう。ここまで、数刻もかけてまで来たかいがあった! だって、こんなにも、神楽草が、ほら、1、2、3、4……20本以上もある! これだけあれば、おししょー様だって、私のことを認めてくれるはずだよ!
早速、引っこ抜いて、鞄に詰めよう。そうして、帰ろう。帰りだって、油断してやられちゃうようなヘマはしない。無傷で、慎重に帰って。おししょー様に、あげるんだ。きっと、とっても褒めてくれる。

そう、思った時だった。ある違和感を、覚えた。

なんで、岩場なのに。『草』の神楽草が、生えてるんだ?

店でしか取り扱ったことがないから、神楽草が、そういう草なのかもしれないけど。

ふと、足元に目を向ける。


ランタンの光を受けて、黄色く光る、そこには。何か、見たことのない物体ーーくしゃくしゃに皺の寄った、動物の、皮のような。それに根を張る、神楽草。脳裏に浮かぶ、苗床、という単語。

——本当に、ただ、純粋な、好奇心だった。どの生き物を使えば、神楽草を栽培できるのか。どうやって、この高級な草は、その一生を彩るのか。気になった。それだけだった。

地に横たわるそれを、掴み、持ち上げてみた。

上の方から、下の方から草を生やし、立派に苗床の役割を果たすそれは。頭、二本の腕、足、胴、指。どこを、どのように見ても。

人の形をしていた。


その苗床と、目が合う。まばたきする。私が、じゃない。その人のような何かが、ぱちりと。薄っぺらい皮のような、それが。

「うわあぁっ‼︎」

自分でも驚くぐらい、情けない声が出た。次の瞬間には、それを放り投げていた。腰を抜かし、尻もちをつく。なんだったんだ、今のは。ペラペラになった人から神楽草が生えてた。つまり、おそらく。神楽草は、人を苗床にして育つんだ。突きつけられたその現実を信じきれず、また、今、自分が居る空間も、夢のようで。ただ、荒い私の呼吸だけが、静かな洞窟の中、反響する。怖くなって、涙がぼろぼろ出てきて。まぶたを閉じるとフラッシュバックして、吐きそうになる。ガチガチ震える歯と、身体が、言うことを聞いてくれない。
——なにも、見なかった! 本当に、なんにもなかったから……! 気のせいだったから、帰るから、見なかったから……!


しばらく、経った。早くなった呼吸も、ようやく落ち着いてきた。うん、帰ろう。何もなかったし、見もしなかった。おししょー様に認めてもらうのも。また今度でいい。だから、一刻も早く、ここから帰ろう。

足に、力を入れる。

かくり。

——? まだ、腰が抜けてたのかな? 力を入れたはずなのに、うまく立てないなんて。なんの気なしにふっと、右膝に目をやる。

膝の、擦りむいた傷口から、緑色の芽が、顔を出していた。

戦慄。

これって、もしかして、あの、さっきの……。苗床と、同じ、アレ? ってことは、私も、アレみたいに、養分を吸われて、ぺしゃんこにーー

「うわあああぁぁっ!」

膝を、掻きむしる。痛い。感覚がある。けど、力は入らない。ぴょこんと飛び出した芽を、引っ張る。激痛。皮膚を引き剥がされてるみたい。堪らず手を離す。その、私に根付いた芽は、みるみるうちにその丈を伸ばしてゆく。怖くて怖くて仕方がなかった。昔、小さな花の観察日記をつけたことがある。けど、それを一気に早送りで、映像で見せられてるみたいだ。そして、それにつれて、私の膝から、吸われていくような感覚に襲われる。ーーちがう。実際に吸われているんだ。その証拠に、私の膝回りは、空気が抜けたみたいに萎んでって。肉も、骨も、関係無しに、養分として吸い取られて。ボトルに入った飲み物を、飲み干し、くしゃりと潰すように。それは、私の右足で、起こった。

「あぁ、あぁ……!足が……!」

言葉にならない。右足が、ぺらぺらの皮になってしまった。こんなにも、あっけなく。くしゃくしゃの、皮に。だって、こんなの。どうしようもないじゃないか。——じゃあ、私も。あそこに転がってる、苗床の仲間入りをするの? あんな、人かも分からないような。
ぐるぐる回る、私の頭。そんなのお構いなしに、やがて、白と黒の、花が咲き。そして、ハジけ。種が、全身に降り注ぐ。

「わっ、ぷ。…………!!」

い、今のって! もしかしなくても……新しい種付け⁉︎ 身体中にかかっちゃったけど、それじゃあ!


——全身から、力が抜ける。

がくりと、仰向けに横たわる。かろうじて動く頭で身体を見て、後悔する。あちらこちらの擦り傷から、鮮やかな緑色の芽が覗いている。

そして。あっという間にそれは育ち、大きくなる。それにあたって、邪魔だったローブは破れ、ちぎられ、私の露出は大きくなって。

ポンプで水を吸い上げるように。私の身体の体積は、目に見えて減っていく。左足。両手。全然育ってない胸も、お肉がつかないように必死だったお腹も、草に吸い取られ、厚みを失っていく。等しく偏平に、原型をとどめず。

——いやだ、やだ! まだ、私には! やらなきゃいけないことが、たくさんあるんだよ!

私が、吸い取られていく。消えていく。その代わりに咲く、白と黒の花。私の上から、見下ろしてくるそいつを、ただ、呆然と眺めることしかできない。感覚はそのままに、薄っぺらい、人でない何かに変わってゆく自分を、受け止めることしか。

「ひっ、あ、あぁぁぁ……」

股の辺りが暖かい。耐えられなかった。どうでもいい。助けてくれ。お願いだから。顔をくしゃくしゃにして、怯えて。もう、私の身体は、ぺしゃんこになってない部分の方が少ない。羊皮紙みたいに変わっていく私の身体。がたがた震えることもかなわず、地に張り付くだけ。そんな私の上で、また、種が弾ける。

下着の上に落ちた種が、その上から根をはる。もともと皮が薄いから、取っ付きやすかったのかもしれない。そいつは、私の大事な所をこじ開けて、深く、深くまで、入ってきて。そうして、吸い上げてゆく。他の箇所となんら変わりなく。感じるだとか、快感とか、そういうのはなくて。ただ、あそこに、ぽっかりと、大きな穴を開けられていくような、そんな、感じ。ずぶずぶと、奥深くまで根をはって。

性を吸い取って育った苗は、あっという間に大きくなる。股間から伸びた花は、どうしようもなく絶望的で。安っぽくぺらんぺらんなった身体に。まだ生温かい尿の感覚が、薄っぺらな腿に浸った。

「ああ……あ……やだぁ……」

やがて、4回目が来る。

その花の種を口の中に受け止めて。言葉も、何もかも。なくして。


——こうして、私は、空気の抜けた風船のように、ぺしゃんこにされてしまった。
ここから先は、カンテラの油が切れて、気の狂いそうな程の、真っ暗闇に包まれた後のこと。

よく出来てるのは、私を動かさず、殺さずの状態で保っておくことで。咲き誇る花々も、死なない程度には、こちらに養分を送ってくれているようなのだ。それによる余力を振り絞って、微かに震えることも出来たんだけど、動くには到底足りなかった。というか、こんな、のされたような身体じゃ、這うことすらもままならないだろう。
ただ、意識だけは、どうしても手放せなくて。耐え難い孤独にも慣れ、おししょー様の顔も、ぼんやりとしか思い出せなくなってから、私は、考えるのをやめた。


* * *

「ってなことがあってねぇ……」

「……んで、いつもの嬢ちゃんは、あんな格好で、店先に飾られてんのか」

「あたしの馬を勝手に使った罰だよ」

吐き捨てるように、彼女は続ける。

「不出来な弟子を持つと、苦労させられるよ、まったく」

「でも、お前さん、あの時は信じられないぐらい焦ってたぜ?」

「……ああん?」

「『キアリーがどこにもいないんだ』って、顔を真っ青にしてさ。愛弟子の為に、随分と」

「黙れ」

「……それにしても、嬢ちゃんも可哀想だねぇ。師匠のツンデレのせいで、あんな格好で、店先に飾られてるだなんて」

「……ふん」

「いいかげん、認めてあげたら?」

「……考えてやってもいい、かな」

——またいつか、二人が仲良くあのダンジョンに出かけるのだけれども、それはまた、別のおはなし。

おしまい。
  1. 2014/07/19(土) 14:45:12|
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