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バケツと状態変化

93.2

【版権 平面化】
気がつくと、わたしは薄暗い部屋にいた。

その闇の中で、床に仰向けに寝ている。

周りはよく見えない。ただ、寝ているわたしのすぐそばに、マスターが立っている。それはわかった。加えて、彼はこちらを見ていないようだ、ということも。

そして、起き上がろうとして、はっとする。手足が鉄にでもなってしまったように、ぴくりともしない。そばに立っているマスターに助けを求めようとして、声も出せないことも気づく。

焦る。悪い冗談か。にしては面白くない。解放してくれ。

がこん、と大きな音が聞こえた。こんどはなんだ。そう思うのと同時に、目の前の暗闇から、大きな四角形がせり出してきた。一瞬、何が起こってるのか分からなかったが、すぐに理解した。自分がいる部分の天井が、床に向かって降りてきている。そして、今、わたしの身体は凍りついたようにうごかせない。背中から嫌な汗が噴き出す。

潰されてしまう。マスターに助けを求めようとするわたしの喉は、震えない。迫ってくる天井に視線はがちがちに固定されて、動かせない。闇は確実に迫ってきて。怖い、たすけて、なんて頭の中で叫ぶ。

あっという間に天井とわたしとの間は狭まり、もう目と鼻の先にまで、それは近づいてきていた。呼吸が浅くなる。苦しい。泣いてしまいそうだ。

——マスターは、なんでたすけてくれないの。

すがるように涙目を向けて、くらりと目眩に襲われる。いつの間にかわたしの側から、マスターが消えていた。


見捨てられた。

そう思った。


天井が、鼻の頭に触れる。冷たい。降りてきた勢いはそのままに、身体を圧していく。

たすけて。

身体が潰れていく不愉快な感覚と、見捨てられたという事実に、窒息してしまいそうだった。声はおろか、涙すら出ない。

ずぶずぶと、平たい闇に吸い込まれていく。天井と床で挟み込まれるかたちで、わたしの身体は徐々に薄くなっていく。

やがて、再びがこんと大きな音が響いて、アリが通れるような隙間すらもなく、床と天井とがぴったりとひっつく。その間に、薄っぺらい、肌色の紙のようなものが挟まっている。


音もなく、天井が上がる。

地面に張り付いたわたしの姿は、まるで夏のアスファルトに取り残された、圧し潰されたミミズのようだった。

アイロンにかけられたごとく皺一つなくぴったりと張り付いて、背中にあたる床の冷たさに身震いする。

自分はこれからどうなってしまうのだろうか。

そのまま、捨てられてしまうのだろうか。

……きっと、そうだ。


薄っぺらな 頭の中に、真っ黒でどろりとした絶望が満ちていく。


たすけて。





そこで、目がさめた。

雀の鳴き声が耳に入る。

夢。そう分かった。慌てて起き上がって、自分の身体をぺたぺたと触る。いつもと同じ、『普通の』身体。肩から力が抜ける。よかった。お腹の底から大きく息を吐く。

恐ろしい夢……自分が潰される夢だった。そのことは覚えているが、細部はまるで思い出せなかった。思い出したくもないが。

それから、時計を見る。もう朝ごはんが準備されている時間だった。まだ昨日の収録の疲れを引きずって重たい身体にげんなりする。……疲れている理由は収録のせいだけではないだろうけれど。のそのそと起き上がって、ダイニングへ向かった。



わたしが食卓に着くと、既に食事を終えたマスターからおはようと言葉が投げられる。彼は新聞を片手にのんびりとコーヒーを啜っている。

そのしぐさはいつもと何ら変わらない様子で、わたしは複雑な気分になる。昨日の夜、あんなことがあった以上……あんなことを言ってしまった以上、彼にどのように接したらいいのかわからずにひどく悩んでいたから。拍子抜けだった。

「……おはよう」

無愛想にそう返して、机の上に置かれたトーストをかじる。いつもと変わらない、バタートーストだ。


——昨日はごめんなさい。

そんな言葉が胸からこみ上げてくる。けれど、のどでひっかかる。謝るべきかとも思ったけれど、マスターはそれに触れるような様子を一切見せない。あえて触れないようにしているのだろうか。おそらくそうだろう。なかったことにしたいのはお互い様だ。

……しかし、勝手にマスターの部屋に入ってしまったこと、パソコンを物色したことを謝らずにいていいものだろうか。

しばらく葛藤したのちに、マスターの様子に甘えようと、つまり、わたしも触れないでおこうとの結論を下した。なにも蒸し返して傷つけ合うことはない。そう思った。

それでも、まだ罪悪感にかられる。煮え切らない自分に、妙にイライラする。ごめんなさいと心の中で呟いて、バタートーストを口に詰め込む。油分が染み込んでへたったトーストはしなりとして、歯ごたえが失われていた。牛乳で喉に突っかかった言葉ごとお腹に流し込んだ。

窓の外は、どんよりと鈍い鉛色の空が重くたれ込んでいた。


わたしは食事を終えると、いそいそと顔を洗い、歯を磨き、そして逃げるようにして自室へと戻る。この日は収録の翌日ということもあり、予定の何もない、家で安閑の過ごすための休日だった。

疲れが溜まっている。頭もあまり回らない。パジャマから部屋着に着替えるのもおっくうだ。どさりとベッドに倒れこむと、二度寝の体勢をとる。部屋の電気を手元のリモコンで消すと、毛布をかぶる。そんなにがっつりと寝る気はない。ほんの一時間ほど、そうしたら起きようか。ぼんやりとそう思う。タブレット端末でアラームを設定すると、枕元に置いた。


ふと、昨晩みた夢のことが脳裏をよぎった。

自分がぺしゃんこにされてしまう、恐ろしい夢だった。

身震いをする。なんで今思い出してしまったのだろう。忘れようとぎゅっとまぶたを閉じると、こんどは昨日の夜に見てしまった、あの画像が鮮やかに思い出される。辛うじて人型はたもってはいるものの、寸胴の太ったかたちに押し伸ばされた、女の人。


あれが、もし自分だったら?


いや、いやいやいや。あるわけない。何を考えてるんだろう。慌てて目を開く。胸の奥がふわっと浮き上がるような、きゅっとしめつけられるような、よく分からない感覚。あの画像のことを思い出してしまうたびに、身体が小さく固まってしまう。

怖い。けれども、頭から離れてくれない。忘れられたら楽なのに。ベッドに横になりながら、悶々とする。考えないようにしよう。そう結論を出しても、頭の整理がつかない。寝ようとするも、寝返りをうつ回数が増えるばかりで、意識は途切れない。


——あの画像の少女は、ずいぶんと扇情的な様子だった、はずだ。どうだったか。具体的な表情はよく覚えてない。どんな服を着ていたか。ずいぶんと布の面積が小さかったのは覚えてるけれど。ぺしゃんこになった姿を晒している、その事実は鮮やかに覚えてるのに、細部は霞んでしまっている。その人の髪型はおろか、顔だちさえもろくに覚えていない。

胸の窮屈さが取れない。何かがつっかえてしまっているようで、ひどく居心地が悪い。忘れようと意識すればするほど頭から離れてくれない気がする。

……細部を忘れてしまったために、スッキリしないぶん余計に考えてしまうのではないのか。わたしの頭の中で、そんな結論に達する。もう一度見てしまえば、綺麗に忘れてしまえるのだろう。きっと、そうだ。

平面化。そんな画像タイトルだった。それだったら、すぐに見つかるだろう。

暗い部屋の中、毛布から枕元のタブレット端末に手を伸ばす。スリープモードから起動して、ロックを開き、Webブラウザを立ち上げる。検索エンジンの検索boxを親指でタップして……少し、ためらう。けれども、すぐに『平面化』と文字を入力して。検索ボタンを押す。

「……あれ」

画像表示欄に、キャラクターが潰されてる絵が数枚だけ表示されてる。アメリカのカートゥーン的な、ギャグ表現で、こういうものがあることをグミは知っていたが。

「違うなぁ……」

昨日見たものは、もっと、不健全なものだった。具体的に覚えてはいないが、それは確かだ。肌色の面積も多かったし。表情も、赤く蕩けたようなものだった……気がする。とにかく、一目見てマスターがそれを性の対象として捉えているのが分かるほどの『そのような画像』だった。そして、『そのような画像』はおろか、単にキャラクターが潰されてる画像すらも、それほど枚数がなかった。

見つからないとなると、余計に探したくなるのが性というものだ。どこかに、ないか。Webページを行き来して、探して、見つからなくて。意地になって、ページをめくっていく。

——先ほどタブレット端末に設定したアラームが鳴り、わたしは我に返る。知らずのうちに、夢中になっていた。

結局、見つからなかった。

時間を無駄にしたと思う反面、気になるという感情はその胸のつっかえとともに余計に大きくなってしまった。はじめに見つけた画像に、再び戻ってくる。下の方に表示される広告に、『平面化体験キット』なんて表示されてて呆れて笑ってしまう。とんだ物好きが世の中にはいるもんだ。それから、ため息を吐く。


……こんなのの、どこがいいんだろ。


——キャラクターがぺしゃんこにされてるだけじゃないか。元の身体の形とか関係なしに。……いや、かわいいかな、とは思うけれど。性の対象としては見れない。もっとこう、この間見たみたいなものはもっと、肉感的で、卑猥で、気持ちよさそうな顔をしてて。確かにヒーローとか、すごい人が見せる弱い姿というか、情けない姿というか、そういったギャップ萌え? のような魅力は理解できなくもないけれど。


……例えば。

……ミクさんが、もしもこの画像みたくぺしゃんこにされて、目を回してる姿なら……見てみたいような気も……。ずっと尊敬している彼女が、こんな恥ずかしい姿を晒すなら。

いや、むしろ、これぐらいならわたしでも……。



——下腹部が、きゅっと締まる。


「いやいやいや!」


何を考えているのかと、必死に頭を横に振る。今、一瞬、自分が妄想したことを振り払うように。

「ありえないから……ありえないって……」

誰に伝えるわけでもなくひとりごちて、タブレット端末を枕元に放り出す。それから、眠り損ねた一時間を取り戻そうと、そそくさと布団をかぶり、目を閉じた。





わたしが歌の稽古から帰ってきたとき、ポストに一通の手紙が届いていることに気がついた。見ると、マスター宛だとわかる。お仕事関係だろうか。差出人を見ると、ミクさんのマスターからだった。手にとって、玄関をくぐった。かかりすぎた冷房が、少し肌寒い。早く自室に戻りたい。

「マスター、手紙」

彼は、ダイニングでぼんやりとテレビを眺めていた。仕事好きのマスターにしては珍しいと、小さな違和感があった。呼びかけても何も返事がなくて、これまた変だ。いつもの彼なら、わたしが話しかければすぐに反応をするのに。

「……マスター?」

彼の前に回って、やっと分かる。

「……寝てる?」

口を固く閉じ、目をつむって、彼は眠っていた。テレビも冷房をつけっぱなしに、ソファに身を委ねるようなかたちで。その姿はどこか生気を感じさせなく、周期的に肩が揺れていなければ、脈を疑ったかもしれない。

わたしが彼の寝顔を見るのは、随分と久しぶりだった。固く閉じられたまぶたの周りに刻まれた皺は深く、黒い。目の下のクマは大きく、肌も荒れて。彼の実年齢よりも、10歳以上老けて見える。

こんな疲れ切った顔だったかと、軽く衝撃だった。わたしの知る彼はもっと溌剌として、メリハリのついた人間だったはずだ。

——そして、彼はゆっくりと目を開く。

それから、身体を跳ね起こす。


「い、今何時だ⁉︎」

突然の強い語調に、思わずたじろいだ。

「え、あ、6時だけど……」

「そんなに寝てたのか、おれは…………」

呆然とした様子だった。亡霊のようにぼそぼそと呟くマスターはどこか薄気味悪い。言いようのない感情にぼうっとしてそれからはっと思いだす。手紙だ。右手に握っていたそれを、彼の方に差し出した。

「これ」

少し反応が遅れて、彼は手紙を受け取る。

「んあ、ううん、ごめんな……」


なぜだか謝る彼に背を向けて、わたしはいそいそと自室に戻る。疲れているのだろうか、寝不足の様子を見せていたから寝れていないのだろうか、などと、適当なことを考えながら。



部屋に入った。

まず、空調をつける。

次に、汗を吸った服を脱ぐ。

下着姿のまま、ベッドの上に座り込む。

タブレット端末の電源を入れる。

思い出して、ティッシュペーパーを机の上から枕元に移す。


……タブレット端末が、立ち上がる。


……画像フォルダーを、開く。



——あの日から、一ヶ月が経っていた。……結局、グミはあの画像を見つけることができた。つい昨日のことだ。日課と化した、寝る前の一時間。ネットの海を彷徨って、海外のサイトにまで手をつけて。そして、ようやく。あの日見た画像とそっくり同じものに辿り着いた。

けれども、彼女の『探す目的』は、一ヶ月前から大きく歪んでいた。……忘れてしまいたいという思いから、平面化した情けない姿を晒す人を見てみたい、という、欲望に塗れたものに。

一ヶ月間、毎日。理解し難いとはいえ、仮にも成人向け画像であるものたちに晒され続けて。

結果、彼女の性癖は新たに開発されていた。

……昨日の夜、彼女が件の画像を見つけたとき。グミは、酷い情欲にかられた。それでも、崩れかけた理性を立て直し、翌日に控える歌の稽古のことを思って、寝た。おかげで今日の歌の稽古は、全く集中できずに散々だった。早く家に帰りたい。そして、そして。そのようなことばかり考えて、ようやく一日を終えた。

そして、今。

彼女はすべての準備を終えた。


——空調がききはじめ、蒸し暑い部屋は冷たい空気に蝕まれる。ひんやりとした風が、わたしの身体を、熱く火照った肌を包む。


そっと、自らの裂け目に、右手をあてがう。

そして身体を傾け。

タブレット端末を覗き込む。


——面積の少ない紐の水着は、押し広がった身体に容赦なく食い込む。セックスアピールを感じる肉づきのよい箇所は、それにハムのように縛られて、無理やりにくびれを作っている。水着に収まりきらなかった具ははみ出して、この上なく無様だ。開かれた目の焦点は結ばれず、半開きの口からはよだれとしたが垂れている。身体の厚さは、指の第一関節ほどだろうか。

ゆっくりと、目を閉じる。

それをそっくりそのまま、自分に重ねてみる。

彼が、わたしをプレス機にかける。全身の敏感なところが圧迫されて、それで、身体は大きく広がって。下着は、お肉に食い込んで、大事なところをきりきり刺激する。

「ん、う……」

お腹だって胸だって、お尻だって。顔だって、関係なしに広がっていく。冷たいプレス機が、わたしにどんどんひっついて、身体を薄くしていく。その気持ちよさに身震いする。だんだん思考も潰されて、なくなっていく。

やがて、プレス機が上がって。そこには、さっきの女の人みたいに、情けなく、無様な姿を晒す自分がいる。厚さをなくして、元の身体の数倍ほどに広がって。その上で、大事なところをぎゅうっと締め付けられて、変形した身体。そんなところをマスターに見られてしまう。変態だと罵られても、それでもいい。

クレバスはいやらしい水音を立ながら、その奥をじくじくとたぎらせる。身体の中でそれが膨らんで、はち切れそうになって。

潰された後はきっと、身動きがとれない。だから、なす術なくオモチャにされてしまうんだろう。マスターの、欲望のはけ口に。いきり立った彼の股ぐらの棒が、わたしに向けられる——


「あう……っ」

太ももから爪先まで電流が流れ、びくりと大きく震える。

それから、いつの間にかに止めていた息を吐き出す。枕元に置いてあるティッシュペーパーに伸ばした右腕が、重い。久々の脱力感。じっとりと、汗などの体液でショーツが肌に張り付いている。それを脱ぐと、くちゅ、と、粘っこい音とともに糸を引いた。加熱した割れ目は、部屋の冷たい温度に熱を散らしていく。

……何してるんだろう、わたし。

まさか、自分が。そんなシチュエーションの妄想で、興奮して。あまつさえ自慰に及んでしまったなんて、未だに信じられないでいた。いつの間に、これほどまで加熱していたのか。自分の嗜好が変わってしまったのか。なんにせよ、もう元には戻れそうにない。


もう、認めるしかなかった。


自分の中に、平面化されたいなどという、歪な被虐願望があること。そして、それはおそらく。マスターの加虐嗜好と噛み合う形で満たされるだろうこと。

様々な感情が渦巻く頭の中、思考はやけにはっきりとしていて。そして、その下に表示されている広告に……いつか鼻で笑った広告に、じっとり濡れた指は、磁石で吸い寄せられるように動いていく。





部屋に展開された機械と、折りたたまれた段ボールを前にして、わたしの心は突かれた鐘よりも大きく揺れる。いざ実物を目にすると、若干の後悔も感じられた。自分が性欲に負けた獣になってしまったかのような後ろめたさや、はしたない姿を晒すことになる気恥ずかしさ、それを望んでいるやましさ。それらを全て、『マスターのためだから』と、都合のいい言い訳でねじ伏せる。

機械の構造は単純で、二段ベッドのように細長く、平たい直方体が二つ、棒で四角を支える形で縦に繋がっている。大きさも、ベッドと同じぐらい。……二段ベッドと違うのは、直方体は鈍く光る黒の金属でできており、その直方体のうち上にある方が下降して、二つの間にあるものを挟み潰す仕組みになっていること。同封された説明書には、0.1ミリまで間隔は縮むだとか、ランマー……工事現場でアスファルトを平らに均す機械だ——のごとく上下に細かく震動して、対象を満遍なく扁平にする機能があるだとか、そういったことが書かれていた。……自分がその対象になるのだと考えると、バンジージャンプの前に立った時の心境に似た、未知の体験に対する好奇心と、背中から心臓を摘まれるような恐ろしさとに襲われる。

……0.1ミリって、髪の毛ぐらいじゃないか。そう思い、自分の手をまじまじと眺めてみる。そんな潰れるものなのか。疑問に思うと同時に、胸と股ぐらをぞくぞくさせる。

注文してから届くまでの数日間。妄想しては、疼きを我慢できなくて仕方がなかった。どころか、疼きは日に日に激しくなってくる。今日、妄想は現実になる。機械の前で、わたしは小さく握りこぶしをつくる。部屋は空調がきいて涼しいというのに、じとりと汗ばんでいた。


同封された紫色の錠剤を一粒、飲みくだす。少しして、急に身体が重く、けだるくなってくる。心拍数も上がって、顔がかあっと熱くなる。ついでに、あそこがおつゆで湿ってる。錠剤の効果だ。今現在進行形で、潰れても大丈夫なように身体の組成が変わってきているらしい。お腹からゆっくりと、つま先や頭のてっぺんまで。

準備はできた。同時に、呼んでおいたマスターが部屋の扉を開けて、中に入ってくる。

きた……!

どんな反応をするんだろうか。喜んでくれるといいけど。そんな、期待と不安。

「ごめんごめん、作業のきりが悪くて…………」


そこまで言って、マスターは目を皿のようにして、固まる。信じられないものでも見たような、そんな様子だった。しばらく口をぱくぱくしてから、かすれた声で私に訊ねる。


「……なんだよ、これ」

「マスターは、知らない?」


彼は険しい表情のまま、何も言わない。知ってるに決まってる、そんな確信がわたしの中にあった。


「なんで、なんでこんなものがここにあるんだよ……」


「わたしが買ったの」


「いつ?」


「マスターが留守にしてる間に、宅配便が届いたから」

彼は、腕をあげて頭を抱える。理解できない、といった顔だった。


「なんで買った?」

「……マスターが喜ぶと思って」


つっけんどんに返してしまう。彼は、不愉快そうに眉根を寄せ、がりがりと頭を掻く。


それから口を歪めて、こう言った。



「返品しよう」



「……え?」

予想だにしない返答に、困惑する。なぜ。彼はそういうのが好きなんじゃなかったのか。嫌いなのか? いや、そんなわけないだろう。だとしたら、断る理由なんてないはずだ。そう思った。



「……ごめんな、気をつかわせちゃって。もう、大丈夫だから」


そして、わたしは凍りつく。胸から斜めに切り裂かれたような衝撃だった。


マスターの言葉は、結果的にひどいあてつけになっていた。そして、そうなってしまったのは。マスターの気遣いの上に、自分があぐらをかいていたから。そのせいに違いなかった。

もちろん、マスターが自分を傷つけようと、悪意を持って言ったはずがない。そのことをよく知っているわたしは、ようやく、自分を省みるに至る。

苦い顔で、彼は謝り続ける彼を見て、自分が以前に言ったことを、したことを思い出す。

——勝手に彼の部屋に入って、パソコンを弄って。それで、気持ちわるい、なんて言って。彼の目に私は、気持ちわるいと思ったものを、彼のために無理に我慢している、そんな風に映っているんだ。

本当は、ただ、自分が満足したいだけなのに。頭を下げる彼を前にして、ようやく気がついた。いったい何様なんだ、わたしは。いつも自分のことばかりで、ちっとも彼のことを思ってなかった。彼の足を引っ張るわけだ。ミクさんに言われたことが、今、理解できた。たぶんこれだけじゃなくて、似たようなことは探せば他にいくらでも見つかるんだろう。毎日当然のように受け止めていた優しさに、感謝したことなどなかった。どれだけマスターが自分に気を遣ってくれてたか。想像するだけで、身体の芯が熱くなる。自分勝手で情けない、そんな自分を殴りつけてやりたい——

胸は苦しくなって、身体はぶるぶると震える。わたしの心情に気づかないマスターは、言葉を投げ続ける。


「グミは心配しないで大丈夫だから。そこにいるだけで、いいから」


そう聞いたとき、わたしの身体は勝手に動いていた。目の前に立つ、彼の方へ。

夢中だった。腕を伸ばして、抱き寄せる。どうした、と耳元で彼の声が不安そうに揺れる。息が詰まる。

——悲しくて、さびしくて、仕方がなかった。『そこにいるだけでいい』なんて、そんなことを言わせてしまった自分を恥ずかしくも、悔しくも思って。
喉が熱くなって、声は震えて。

「わ、わたしが! したいの! マスターが喜んでくれるかなって思ったりもしたけど!」

「……グミ?」

考えるよりも先に、口が動く。だんだんと自分の声が上擦っていくのを感じる。

「あれからわたしも……その、調べて! マスターが見てたような、そういう……えっちなやつに……ドキドキしたりもして、はじめは理解できなかったけど、だんだんと……気持ちよさそうだなって思いはじめて……えっと……それで……」

声のトーンは落ちてくる。それでも、耳まで赤くした顔を伏せて、必死に言葉を吐き出すことをやめない。これから先に自分が何を言うのか、彼女自身わからない。ただ溢れた感情をなんとかして形にしようと振り絞る。

「でも……」

「でもじゃなくて! う、う、受け取ってよぉ……。それとも、わたしじゃダメ……? 本当に、お願いだから……お願いします……」


もう、声は今にも消えてしまいそうだった。


「見捨てないで……」


そう呟いたとき、自分が心から望んでいたことが何か。口に出して形にして、ようやく理解した。

——この先行き詰まったときに、自分は捨てられてしまうんじゃないか。不安で、ただただ怖かった。弱くて惨めな自分がいるのが、許せなかった。それなのに、どうすればいいのかわからなくて。

頭の中をひっくり返して、出せる言葉は全て吐き出して。それでも足りる気がしなかったから、抱きしめる両腕に力をこめる。彼の暖かさを逃してしまわないように。感極まって溢れた涙が、彼のシャツに小さな染みを作っていた。

いつの間にか、わたしの背中にも、マスターの手が回されている。その大きな手が彼女の背中を、優しく、子供を寝かしつける時のように、ぽんぽんと叩く。


「……ごめんな。それと、ありがとう」

彼の語調はゆっくりと、そして、穏やかだった。


「おれはいろいろ勘違いしてたみたいだね……悪かったよ」


「……」


「……これだけおまえに気遣ってもらって、おれは幸せだよ」


「……」


「…………おれはおまえを捨てないから、何があってもおまえの味方だから」


「……」


「………………いるだけでいい、なんて言ってごめんな。悪かったよ」


「……」


「……あのさ、グミ」


「……」




「すごく言いにくいんだけど……苦しいからそろそろ放してほしい」



「……もうちょっと」


「マジかー……」


こうやって抱きついて甘えることも久しぶりだった。昔はよくひっついていたけれど、いつしかこっ恥ずかしくなってやめてしまった。しばらく感じていなかった、彼の体温、匂い、感触。どれも大好きで。興奮していた頭も冷えてきて、あがった息も落ち着いてくる。彼の穏やかな心拍が胸越しに伝わってきて、高ぶった感情はゆっくりと、静かになって。

「……それで、えっと、グミ」

何か、マスターは言い淀む。無言で、
どうしたの、と尋ねる。彼は重たそうに唇を動かして、こう続ける。


「それで……本当に、グミは、したいの?」


一瞬、何の話かわからなくて。


そしてすぐ、頭の中が沸騰する。


そういえばそうだ。彼女は自分がマスターを呼び出した理由を、今更ながら思い出した。先ほどまでは、全て『マスターのため』と言い訳をして、恥ずかしさや疚しさから逃げおおせていたつもりだったが。彼に、全てはっちゃけてしまったせいで。自分の気持ちと無理やりに向き合うことになってしまったのだ。つまり、自分の今していることを客観的に見つめ直す……平たく言えば、わたしはマスターに、自分の性欲が抑えきれないから、めちゃくちゃにしてくれと、そう卑しくねだっている事実を、理解してしまった。


「痛い痛い痛い! グミ痛い! 折れる! 腕はなして! 折れるから!」


——『顔から火が出る』なんて、いささかいきすぎた表現だとバカにしていたが。本当に、火が出てしまいそうだった。熟れたりんごのように耳まで顔は赤くなって、湯気が出てきそう。先ほどは勢いでひどく恥ずかしいことをのたまってしまって、思い出すだけで爆発しそうになる。自分の性癖が開発された経緯なんて、話す必要はなかっただろうに、なんでわざわざ。忘れてくれ、と言うこともできない。少し前の自分をくびりころしてやりたい。

「う、う、うぅー……!」

穴があったら入りたい。そんな気分だ。

その一方で、ベアハッグから解放された彼は激しく咳き込んでいた。顔を真っ赤にして息を切らしながら、彼は尋ねる。

「…………本当に、するか?」

「うぁ、その………………言わせないで」

もじもじと身体を縮こまらせる。わたしのその様子に、マスターはわかったと口を動かす。

「……するぞ」

こくりと、小さく頷く。



いつの間にそんなものを買ったんだ、なんてマスターが呟く。例の画像に倣った、伸縮性がある、布の面積が馬鹿みたいに少ない紐の水着。機械と一緒に通販で買ったんだと返せば、アダルトグッズは通販で買うのか、と納得したようである。慌てて、他には買ってないからと付け加えるけれど、はいはいと彼の返事はまるで相手にしない様子。


「……それじゃ、ここで挟むから。わたしがいいっていったら、そのリモコンで……」


機械の挟み込まれる場所に上がると、心臓は恐ろしさに縮みあがり、血の流れがどうっと早くなる。裸足越しに伝わってくる感情のない金属の冷たさにこれから全身を委ねるのだと思うと震えが止まらない。今、身体を支配してるのは、8の恐怖。それでもやめようとは思わないのは、1の好奇心。残りの1は——


「なあ、グミ、やっぱりやめないか? おれは……こんなふうに無理してるグミを見るのはいやだ」
「無理なんかしてない! ほ、ほら!こ、こういうの、好きでしょ?」

恥じらった表情のまま、つま先立ちのまましゃがみ込む。それから、上体を後ろに傾けて、床に下ろした両腕で体重を支える体勢をとった。前方に下半身を強調したその様子はひどく扇情的だろう。紐の水着は食い込んで、わたしの恥丘の形をくっきりと、皺で縁取っている。

「どこで覚えたんだよ……」

呆れた声をあげる彼は、一方でズボンに大きな膨らみを作っていた。それを目につけて、嘲りか、喜びか、恐れか、心の中でその全てが入り混じって顔にでる。

「ほ、ほら、はやく潰してよ。好きにしていいから……す、好きにしてほしいから」

震える声で、あおる。感覚は、額の汗ひと粒を意識できるほどまでに研ぎ澄まされていた。胸の奥がふわふわ浮ついて、震えが止まらない。汗が吹き出る。表情は、これでも頑張ってるほう。必死、という単語が今の自分をあらわすのにぴったりだった。

そして、それを見た彼は、ついに根負けする。


「……わかったよ。確かに、おれはグミが潰れてるところが見たいよ。だから」

彼は左手に持ったリモコンに指をかけた。

「好きにしていいって、言ったのはおまえだからな」


するすると、鈍く黒色に光る板が、上から降りてくる。わたしの身体に影が落ちて、身体とそれとの距離がどんどん縮む。それにつれて、影の黒がだんだんと濃くなっていく。

これから自分は、潰されてしまう。強く実感した。あの画像の少女のように、情けない姿を晒す。目の前のマスターに。そう考えるだけで全身がかあっと熱くなる。けれども、視界に写るのが黒一色になった時、えも言えぬ不安と恐怖と、それと、期待とが、胸に絡みついて。大丈夫だとわかっていても、こうも怖いものなのか。ジェットコースターで、きりきりと山の上に連れて行かれるときのような、そんな心持ち。口の中は、からからに乾いていた。

もう、板は目と鼻の先……10cmもない。吐き出した自分の荒い息が跳ね返ってくる。ひんやりとした台座と上気した自分の体温とが対照的だ。ふとマスターの方に目をやると、しゃがみこんで、隙間からわたしの方を食い入るように見つめていた。なんだ、やっぱり期待してるんだ。そう思い、どこか嬉しくなる。



やがて、鼻先が、胸の先っぽが、壁に当たって。粘土細工でできた人形を、板で上からゆっくりと圧迫するように。じわりじわりと。厚さの分だけ横に広がっていく。凹凸は壁にあたり、身体の肉に食い込んで、均されて。太ももやお尻も、胸も。

身体が3cmほどの厚さになったところで、一度そのプレス機は止まり、上へと上がっていった。

押し伸ばされた身体を、晒す。なんの抵抗もできない。

——グミの身体は、平面化によって全身の面積を、だいたい1.5倍ほどに広げられていた。その一方でもともと肉が集まっていた箇所は大きく伸ばされており、つまりは、健康美と称される、彼女の健全に発達した胸や腰回り、そして太ももは、極端にデフォルメされたように、台座に激しく押し広げられていた。腰を浮かせて胴を前にした、下半身を見せつけるような体勢のまま潰れたために、膝から下は太ももや尻の肉の下に、腕から先は楕円に広がった乳房の下にめり込んでしまっている。

肉布団、などという例え言葉がしっくりくる。

シルエットだけで見ると、グミの身体は太ったコーラ瓶のようだった。微妙に残った身体の凹凸に、きつく食い込んだ水着の布が紐が、彼女の姿を一層情けないものへと変えている。

こんな恥態を、マスターに見られている。その実感に彼女の顔は羞恥で紅く燃え上がる。

「ひはいへ……」

——見ないで、と言ったつもりだった。ところが、くちも半開きのまま、頬も押し広げられて閉じられずに固定されてしまったため、上手に発音ができない。

「す、すごく可愛いよ、グミ……こんな無様な格好になって……ほんとに、もう……」

マスターは台座に張り付いたわたしに手を伸ばす。これから料理されるなんて、さながら鉄板の上の赤いステーキになった気分だ。彼の指が伸び広がったお腹の肉をつまむと、その柔らかさに感心したような素振りをみせる。はじめは恐る恐る。けれども次第に慣れ、つまんでこりこりと指で弄ったり、手のひらの指を立てて軽く握ってみたりと遠慮がなくなってくる。それにあわせて、気持ちいいような、こそばゆいような、そんな感じがする。
お腹の感触をひとしきり堪能すると、腕は胸へ進む。おっぱい。腐心しているだけあって、整っているほうだと自覚している胸は、その体積を平面に変える際に大きな楕円に広がって、他の肉の部分に食い込んでいる。そこを、お腹の時と同じように、つついたり、揉んだりと、遠慮なく指が動く。

……いつの間にか自分の乳頭が首を起こしているとわかる。好きなように弄ばれて、恥ずかしい格好を見られて。厚さ3センチにまでなっているのに、彼女は性感を覚えている。薄っぺらくなってる胸の中で、かつてないほどにドキドキしてる。

潰されて広がった淡い紅色の乳輪が、水着の布からはみでている。指になぞられて分かった。乳首が膨らんで、食い込んだ布地にぽっちを作ってる。それを分かってるだろうけど、わたしの胸を蹂躙する両手は、そこに触れようとしない。ゆっくりと、指先で触れるか触れないかの愛撫をしていたかと思えば、胸全体を力強く、ぎゅうっとわしづかみにして、指と指とを擦り合わせて肉を揉みしだく。身体が蕩けるような心地よさに、半開きの口からは、言葉にならない声が吐き出されて。それに恥ずかしくなって、余計に感覚は鋭くなる。

大好きな人に、めちゃくちゃにされてる。そのことが、なぜだか嬉しくてたまらない。乳房を弄んでいた手のひらが開いて、今度はぐい、ぐいと捏ねくり回し始める。パン生地にされてる気分だ。指が食い込み、身体に胸が打ち付けられる、その度にぴりりと痺れるような快感が身体を伝って、しょっぱい汗となって流れる。毎日感じていた疼きが裂け目の奥の方で、じくじくと熱を出し始める。幸せ。

そして、突然。彼の指が、きゅうっと、膨らんだ蕾を転がすように軽くつねる。

頭のてっぺんからつま先まで白い電流が貫いて、薄っぺらな身体がびくりと震える。仰け反る身体はなく、ただ甘ったるい喘ぎ声が口からあふれる。

軽くイった。胸だけで。今まで、こんなことなかったのに。


満足げなマスターの声が、投げかけられる。……どこか遠くて、何を言っているのか分からない。わたしはただ、迎えた絶頂の余韻に喘いでいた。厚みのない身体は火照り、股のあたりが切ない。ぐにぐにとわたしの胸を弄んでいた指が離れ、おへそを伝い、下の方へ動いていく。

きつく食い込んで、隠すはずが、逆に押し広げている。自分でもわかる。そんな股間の布に、彼は指をかける。溢れた愛液と、汗とで、プールに入った時のようにびしょびしょだ。彼は遊ぶように、布越しに勃起したクリトリスを撫でくり回す。軽くつついたり、かりかりと爪の先で引っ掻いたり。そのじわりじわりと蝕むような刺激に合わせて、だらしない声が抑えられない。溶けていくみたい。すごい。瞳の中に真っ白な星が落ちたように、わたし顔は恍惚に染まる。

……不意に、股を縛っていた紐が解かれる。湯気が立ちそうなほどに湿気て熱気を帯びたわたしの裂け目が、熱気を帯びた部屋の空気に、マスターの目に晒される。

——ふっくらと肉厚だった大陰唇は平面化とにより横に押し広げられて、悲しいほどに赤く充血した中身を剥き出しにしていた。皮の被ったままの陰核。尿道口。そして、その下で物欲しそうにぱくぱく閉じたり開いたりしているのは、横の楕円に潰れた膣口。

「う、あ、あぁ……やぁ……」

——指が、膣口に……わたしの中に差し込まれる。入ってきてる。大事なところに。彼はどうやら、塩梅を確かめているらしかった。ぐにぐにと、第二関節、第一関節と、肉ひだを掻き分けるように、粘っこい水音を立てながら、入り口付近を柔らかくほぐす。初めてなのに痛くないのは、飲んだ薬で膜まで柔らかくなっているからなのか。よくわからないけれど、好都合だった。もう一本、わたしの中に彼は指を突っ込むと、二本の指を開き、穴の入り口を上下に広げる。

「……ピンクで、すごい、奥まで見えるし、ひくひくしてるし」


恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。そんなことを言わないで。自分のそんなところまで、見られて。あまつさえ、淫らによだれを垂らしてねだってるだなんて。身体は正直、なのかもしれないけれど。頭は快感と羞恥とで沸騰して、顔を覆って逃げてしまいたくなる。覆う為の腕はぺしゃんこで肉に埋もれて、顔も変な風に広がっているが。


それから、ガチャガチャと、彼がベルトを外す音。見なくても分かる。何も見えない闇の中に人の気配を感じるように、寝ているときに人の気配を感じるように。わたしのまえに、彼の肉棒がいきり立っている。

恐怖は3。残りの7は……期待。


「……入れるぞ」


横に潰されて平たくなったわたしの洞穴を、縦に押し広げるようにして、ずぶずぶと肉棒は身体に入ってくる。堰は切れて、堪えていた声が、溢れる。それにあわせて、彼の棒は大きくなって——あるいはわたしの方が小さくなっているのかもわからない——肉と肉は絡み合い、吸い付き。ひだの一つ一つが棒の凹凸と歯車のように噛み合って、離れようとしない。

手のひらほどもある、太く、熱く、質量を持った暴力が、小さな肉の袋をゴムのように伸ばし、やがて、その全身を埋める。張り裂けんばかりに膨らんだその怒張の形は、わたしの薄っぺらな身体に、くっきりと浮き出ていた。

自分が貫かれている芯棒は熱された鉄のように熱く、脈打っている。自分の中に、ひとのモノが入っている。自分の身体が、彼のかたちにあわせて、膨らんでいる。もう彼のかたちから戻らないんじゃないか、それでも、彼専用の袋にされたとしてもいいかもしれない。倒錯感と多幸感が絡み合う。初めて体験するその感覚に悦び、身体がびくびくと痙攣する。

それから、彼の手が降りてきて。わたしの身体越しに、自身の肉棒を掴む。

彼が何をしようとしているのか、だいたいの察しがついてしまう。彼の熱を帯びた目も、その予想が正しいと、そう言っていた。

このまま扱きあげようというのだ。わたしの身体を、オモチャのようにして。そして、もしそのようなことをされてしまえば。

——わたしは、壊れてしまうんじゃないのか。

それすらも、今の彼女にとってはこれからの楽を際立たせるスパイスとしか捉えられなかった。


身体ごしに淫棒を握る彼の手に、ぎゅっと力が入る。いびつに歪んだわたしの口元は、だらしなくつりあがる。

彼の腕が、動く。


ぐちゅり、ぐちゅり。そんな漫画じみた、濁った、粘っこい水音が響く。それにあわせて、矯声も。半開きの口から母音だけが吐き出されて、淫らな旋律をつくる。彼の手が竿をしごくのにあわせて、ぷちぷちと泡のように目の前が弾けて、視界は白くなる。指の圧迫できつく絡みついた膣と肉棒が擦れ、ひりつく快感が際限なく溢れてきて。

膣口から、ぬらぬらと愛液で濡れた陰茎が、ゆっくりと抜けていく。それを咥えこんで離したくないのか、わたしの紅色の中身は吸い付いて、一緒に引っ張り出されそうになる。かと思えば、次の瞬間には激しく、奥の奥まで貫かれている。

あそこが燃えているように、熱い。彼女は、境界がどろどろにとけて、どこからが自分の身体で、どこからが彼の身体か分からなくなる。ナメクジがまぐわる時のように、粘っこく、離れられず。

オナホールのように彼女の性器を上下させる、その根本で。固く握り締められていた彼の手のひらから、力が抜ける。と、すぐに、はち切れんばかりに勃起していた陰核に、彼の親指が添えられる。

それからぎゅうっと、容赦なく押し潰されて。


「ーーーー!」


——声にならない叫びが頭の中で、がんがんと反響して、自分が今どうなっているのか分からない。目の焦点が合わない。がくがく身体は痙攣して。ちかりと一瞬意識がトんで、また戻ってきて。容量をオーバーした快感に目眩を覚える。これでもっときつく締めるだなんて、根っからのドMだなぁ、などとひどい罵倒を投げつけられても、反論する余裕がない。マスターの親指がぐりぐりとわたしのクリトリスを潰して、それがそのまま脳の底をがんがん揺さぶる。マスターの笑い声がこだまする。死んでしまう、こんなの。死んでしまう。脳線はちりちりと焦げて。

「グミ……で、出るっ!」

——彼の声と同時に、焼き切れる。ほんとのほんとに、視界は真っ白になって。



——グミの尿道口から透明な液体が、さながら破裂した水道管のように噴きだされる。同時に、溶岩が殺到するごとく、グミの中身に、マスターの欲望はぶちまけられる。彼女が彼の性癖を否定してから一ヶ月。その分だけ溜め込まれた濃ゆく、大量の精液は、彼女の中身をいっぱいに満たすには十分だった。ぼてりと、僅かしか厚さのないお腹が膨らみ、平坦な身体に凹凸ができる。

数十秒間痙攣を続けて、ようやくグミは絶頂を終える。白一色だった彼女の視界に黒がさし、色がついて。目の焦点も、なんとか結べて。荒い息を吐き出しながら、その余韻に浸る。

——ずるりと彼の陰茎が抜かれると、栓が抜けるようにして、とろとろと愛液と精液のカクテルが膣から溢れてくる。扁平な身体の凹凸は、再び小さくなっていく。やりおおせたような達成感を伴った疲労感が、身体中に広がる。

——信じられないくらい、気持ちよかった。率直にそう思う。また機会があればやりたい、とも。……今度は死んじゃうかもだけど。

マスターの方に目をやると、満足げな顔をしている。よかった、と、グミは胸がいっぱいになる気持ちだった。


そして、マスターの手に、機械のリモコンが握られているのを確認して、硬直する。

普通は行為を終えたなら、これから潰す機械のリモコンなんて、手に取る必要があるだろうか。そう、『潰す』だけの機械なんて。


「……この際だし、0.1mmまで潰れたグミの様子にも100関心はあるし。なにより、好きにしてって言ってたし、いいよな」

——‼︎

じょ、冗談じゃない‼︎

そんな、今イったばかりなのに、そんなことされたら‼︎

ほんとうに死んでしまう‼︎

「ランマーみたいに打ち付ける機能もあるみたいだな。……まあ、楽しんでくれ」


——果たして、肉布団として台座に横たわるわたしの上に、再びプレス機は影を落とす。3cmほどに潰された時に押し付けられた快感、あれだけでもキャパオーバーだったのに、今からもっと潰されるだなんて。それも、0.1mmなんて、ふざけた厚さにまで。そこに、先ほどまでの好奇心などなく、純粋に。自分が壊されてしまうことに対する10の恐怖だけが、そこにあった。マスターに助けを求めようとしても、喉は震えない。迫ってくる天井に視線はがちがちに固定されて、動かせない。怖い。たすけて。

ふと、目を動かして横を見ると、満面の笑みを浮かべたマスターがそこに立っていた。


「それじゃあ」


がこん、と、そんな大きな音がした。同時に、持ち上がったプレス機が、重力に従って落ちてくる。まばたきをする間もない。

自分の何倍あるかもわからない質量が、身体を覆い。叩き潰す。なにもかも、凹凸なんて無視して。何度も、何度も、何度も。


——まず、膨らんだ液溜めになっていたあそこが潰れ、入り口から勢いよく白濁した、精液と愛液とが混ざり合った液体が噴き出した。勃起していた胸と股の肉芽もひしゃげ、肉に埋まる。もともとの体積分だけ伸び広がっていた身体の部位は、さらにのされていく。ずるずると皮膚の限界まで伸びて、さらに伸びる。伸張に耐えられなくなった上の水着はぶつりと弾けて、胸の肉に埋まって一体化する。それから、一緒くたにぺしゃんこにされる。半潰れで喘いでいた顔も、容赦なく圧力がかかる。変形してた鼻も、涙を湛えた目も、半開きだった口も。そのままプレス機の台座に押し付けられて、すぐに立体から平面に変わり果てた。身体のシルエットは、衝撃の広がり方に合わせて、不細工なコーラ瓶のようなものから、縦に長軸を持つ楕円形に近づいていく。身体の関節はあらぬ方向に曲がり、そしてすぐ、他の場所と一緒に圧縮されてひっつく。どこからがどこのパーツなのか、その境目が消える。首も、胴も、腰も、脚も。すべて、一つのパーツに。ガンガンと打ち付ける金属音が部屋に響く。

身体が広がるその限界を超えても、機械は止まらない。厚さはまだ1cm程度もある。これから、10分の1まで伸さなければならない。そのために、グミの身体そのものの要素を減らす必要が出てくる。……具体的には、身体の水分が抜かれていく。あさっての方向を向いた目からは涙が。頬肉の間から微かに開いた口からは、唾液が。だらしなく開いた膣口からは、愛液と、精液のカクテルの残滓が。尿道口からは、尿や、無理やり吐き出される潮が。肛門からは、腸液が。全ての体液が、それぞれの出口から絞り出される。限界を越え、からからになるまで。スポンジから水を搾り取るように、彼女の身体からだくだくと体液は漏れ、台座を伝い、部屋の床にシミを作る。つんと噎せるような生々しい、雌の臭いだった。

——やがて、プレス機は動きを止める。きっかり0.1mmまで、対象を潰し終わったのだ。その様子に満足したのか、清々しいような顔で、マスターはその前に立っていた。

ゆっくりと鋼黒の直方体は持ち上がり、台座は姿を現わす。

「あら?」

ところが、そこにグミの姿が見当たらない。薄っぺらくなりすぎて、透明になってしまったのかと思ったが、そうではないらしい。いったいどこにいってしまったのか。

その疑問の答えは、上にあった。彼が視線を上げると、肌色の物体が、プレス機の潰す側……天井の方ににへばりついていた。

「ああ、そっちにひっついちゃったのね」

マスターは笑い、それに手をかけるとぺりぺりと引き剥がした。


「ぁ………………ぁ………………ぅ……………………」


彼の手の中でひらひら揺れ、微かにうめき声を漏らしたそれは、グミ『だったもの』。コピー用紙ほどの厚さに圧縮された彼女は、もう人の原型はおろか、彼女がグミだった事実すらもろくに残していなかった。楕円形に、頭や四肢や胴はすべて肌色に一体化して、部位という概念を失ってしまった。ところどころにプリントされたグロテスクな模様は、彼女の残骸だ。それは、すっかり萎びた緑の髪だったり、焦点を結んでいない両目だったり、情けなく舌をはみ出した口だったり、色っぽさの欠片もない臍だったり、汚い同心円を作る乳輪と乳首だったり、もう吐き出すものもないカラカラに乾いた尿道口だったり、奥の子宮口まで剥き出しに晒した膣口だったり。

——浅はかで、自分勝手で、不器用で。でも、その分だけ素直で、優しくて、真っ直ぐだったグミは、もう、そこにはいない。

ここに、人気急上昇中の1人の歌姫は、淫らな喘ぎ声と声にならない絶叫に溺れて、潰され。肌色の、薄っぺらな何かに変わり果てたのだ。


——もう、意識があるのか、それすらもわからない。意識という概念自体危ういその朧げな霞の中で、グミは、最後に。かしゃりと、カメラのシャッターを切る音が聞こえた気がした


◆ ◆ ◆

「最近、グミちゃんかわったね」


ミクさんがわたしに話しかけてくる、この場所は楽屋…………ではなく、わたしの家。

なんでもこの前の手紙は、ミクさんのマスターがわたしのマスターに宛てた、立食会への誘いだったとか。この間のコラボ曲がとてもいい具合だったことに気を良くしたらしい。他にも有名なプロデューサーがいっぱい集まって、情報交換をしたり、会話に花をさかせたりするそうだ。それも、夜通しで。……人気ボカロPは違うねぇなんて肘で小突いたら、全部グミのおかげだ、なんて真顔で返されて反応に困ったりした。

……わたしは家でただ留守番していても良かったのだが、ミクさんの方からわたしと遊びたい、なんて連絡が来て。

更けていく夜の中、B級ホラー映画を見て、歌い方のコツを教えてもらって、ミクさんの髪で少し遊ばせてもらって、クッションでぼすぼす叩かれて。

そして、今。

ベッドの上に腰掛けたミクさんは、私と向かい合って、語りかけてくる。

「……私は、グミちゃんにひどいことを言ったかもしれないって思って、後悔してたんだ。……正直、まだ歌い始めて日にちも浅いのに、輝きだした姿に嫉妬してた。誰でもできる、なんてそんなことないよ。私にはできるかわからない……ううん、そんなにストイックにはできなかったと思う」

「え、ちょ……あの……謝られても……」

突然予想の斜め上の言葉をぽんぽん投げつけられて、わたし対応できない。

「それなのに、グミちゃんはそんな私の言葉をそのまま呑み込んで、またすっごく成長した。……この前発表した新曲を聴いて、驚いて。自分が、すごく恥ずかしくなった」

「……ちょっと素直になっただけですよ」

「それがなかなかできないからすごいんだよ!」

……さっきから持ち上げられすぎて、かえって気味が悪い。この界隈のトップを走り続けるミクさんが、わたしのことを誉め殺しにしてくる。いや、悪い気はしないんだけど。なんなの、わたし、運を全部使い果たして死ぬの。


「……謝って済むとは思ってないけど。何か、私にできることだったら、なんだってするから。あんな、酷いことを言ったことを、どうか許してほしいんだ」




……目の前で頭を下げるミクさんを見て、わたしはある衝動にかられる。


「……頭を上げてください、ミクさん。……それじゃ、なんでもしてくれるなら。なんて、下品な言い方ですけど……お言葉に甘えて」


そう言ってわたしは、机の中から一粒の紫色の錠剤を取り出した。


「これ、飲んでいただけます? ……ああいや! 決して危ないおくすりじゃないんで! 身体は壊したりしませんし、罰ゲームだと思ってですね」


ミクさんは黙って頷いて、その錠剤を口に含んで。

飲み下す。


それから、数十秒して。どさりと、ミクさんがベッドに寝そべる。

もちろん、薬の効果だ。


「グ、グミちゃん……なにこれ……からだが、熱くなって……」

「大丈夫です! わたしも、もう何回も飲んでますから!」


部屋の隅に片付けて置いてあった例の機械のパーツに、わたしは手をかける。初めの頃と比べて、もうすっかり慣れた。五分と立たない内に、組み上がる。

二段ベッドのように、黒光りする直方体が縦に並んだ。プレス機。


「それじゃ、ミクさん、だっこしますね」

「う、ぁ……なにを…………する気……なの……」

ミクさんの身体を傷つけないように、そっと手を回して。割れ物を扱うように静かに持ち上げて。プレス機の、台座に寝かせてあげる。



——いつか、妄想した。


いつもクールで、わたしの尊敬する先輩である、ミクさん。


彼女を潰したら、いったいどんな顔をするんだろう。


どうなってしまうんだろう。



——被虐心の陰で育った嗜虐心が、牙を剥く。


「えへへ……。リラックス、リラックスしてください。怖いのは最初だけで、すぐに、全部、ぜーんぶ、どーでもよくなっちゃいますから……」


ミクさんが涙目で、上ずった声で、なにかを訴えている。そう、そうだ。わたしも、こんなだったんだ。そう思うと、だらしなく口元がつり上がってしまう。

リモコンに指をかける。

設定は……まずは控えめに3cmほどでいいだろうか。


おしまい
  1. 2015/07/11(土) 11:10:42|
  2. 平面化
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

ここまできたら、ミクさんの平面化も見てみたいですね。
  1. URL |
  2. 2015/07/15(水) 11:57:13 |
  3. 名無しさん #-
  4. [ 編集 ]

>名無しさん ぼくも見たいですねー…。そのうちネットに流出するき可能性があるので気長に待ちましょう
  1. URL |
  2. 2015/07/15(水) 12:26:55 |
  3. かんやん #-
  4. [ 編集 ]

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