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バケツと状態変化

毛糸のお人形

【丸呑み 物品化】
水無月 あさこちゃんは、病気がちで、肌のまっ白な、小さな女の子でした。あさこちゃんのお家は、白くて、こじんまりとして、森のすぐそばにありました。あさこちゃんのお母さんは、ごはんの用意だけして、毎日朝から晩まで働きにでかけていて、あさこちゃんはいつも、白い家のベッドでひとりぼっちでした。

あさこちゃんは身体が弱く、外に出ることができません。部屋に大きく開かれた窓の外を眺めて、ああ、きょうは天気がいいなぁ、だとか、ああ、あじさいの花が咲いてるなぁ、だとか、そう毎日を過ごしていました。

ずっとひとりぼっちのあさこちゃんは、お人形さんが大好きでした。他人事のように暖かい陽だまりの中でも、溺れてしまいそうな夜の暗がりの中でも、ずっとそばにいてくれるお人形さんが大好きでした。

そのお人形さんがいつから家にいたのか、あさこちゃんは覚えていませんでした。気がついたらそばにいたような気もしますし、ひょっとしたらあさこちゃんが生まれるずっと前からその家にいたような気もします。

あさこちゃんの小さな腕でなんとか抱えられるほどの、大きめの、人の形をした、毛糸のお人形さん。あさこちゃんは、柔らかくて、抱きしめると優しいお花の匂いのする、そのお人形さんのことが大好きでした。




ある日のことでした。あさこちゃんは、夜のおそくの、そのまたおそくに目を覚ましました。枕元には、お人形さんがいます。

夜の森は静かで、開いた窓から流れ込んできた闇が部屋を包んで、何も見えません。あさこちゃんはたまらず怖くなって、ぎゅっとお人形さんを抱きしめます。そして、その感触を確かめるように話しかけます。

「お人形さん、わたしはあなたが大好きよ」


すると、不思議なことが起こります。驚いたことに、そのお人形さんが、しゃべりだしたのです。


「あさこちゃん、私もあなたが大好きよ」

あさこちゃんは、お人形さんがしゃべった、そのことにびっくりしました。けれども。その声はお母さんの声よりも優しくて、穏やかで、怖い、というよりも、どこか安心してしまうような、和やかなものでした。

あさこちゃんは、これは夢なのだろうと、そう思いました。

腕の中のお人形さんは、続けます。

「あさこちゃん、よかったら私と一緒にならない? 私なら、きっと、あなたをどこまでも連れていってあげられるわ。この部屋の中からだって、出してあげられる。私と一緒になりましょう?」

あさこちゃんは、思わず、うんと、大きくうなずきました。


突然、腕の中のお人形さんがぶるぶると震えだしました。かと思うと、お人形さんの頭が、ぐぐぐ、と大きくなります。あじさいの花ほどの大きさだったのが、どんどんと、絵本で見たサーカスの玉ぐらいに、あさこちゃんの寝ているベッドからはみ出てしまうぐらいにまで、お人形さんの頭は大きくなりました。

なにが起こるのか、ぽかんとあっけにとられてベッドの上に座り込んでいるあさこちゃんの隣で、お人形さんはとても大きくなっていました。

そして、次の瞬間。

そのお人形さんの口が、ぱかりと開いて。あさこちゃんに覆いかぶさって。そして、閉じました。

あさこちゃんは、お人形さんに食べられてしまったのです。


お人形さんのおなかの中で、自分が食べられたということに、あさこちゃんはようやく気がつきます。

それから、細い手足をじたばたと動かしてもがきます。けれども、お人形さんのおなかの中は綿のようにふかふかで、手足はやわらかなおなかのかべに埋まってしまいます。動けなくなったあさこちゃんは、叫びます。けれども、その声は毛糸のかべに吸いこまれて、どこにも届きません。

きゅっと、あさこちゃんの全身を優しく包むように、お人形さんのおなかは縮こまりはじめます。あさこちゃんは、ふかふかの布団にくるまっているような気持ちになります。ほっぺたを伝った涙も、かべがふき取ってくれました。

やがて、あさこちゃんの頭はぼうっとしてきます。暖かくて、気持ちがよくて、眠たいのです。まるで、お日様の下で寝ているよう。身体がゆっくりとほぐされていくような、そんな感じがします。

身体がほどけていくような気持ちよさの中、あさこちゃんのまぶたは重たくなり、閉じられていきました。






あさこちゃんを食べたお人形さんは満足そうにおなかをさすると、しゅるしゅると元の大きさに戻りました。

次にお人形さんは、お尻のボタンを外して、ぷるぷると小さく震えます。

すると、お人形さんのお尻に空いた穴から、肌色の毛糸の束が顔を出します。

あさこちゃんは、お人形さんのおなかの中でほどかれて、毛糸になってしまったのです。

お尻から出された肌色の毛糸はくしゃくしゃと鳥の巣のようにこんがらかった様子で、ベッドの上に広がります。


お人形さんはそれを満足そうに見つめると、指のない両手で、あきこちゃんだった毛糸をまとめて、りぼんを作りました。

そして、お人形さんはそのりぼんを、頭の上にきゅっと結びつけました。

風もないのにぷるぷるとふるえるりぼんを感じながら、お人形さんは呟きます。

「ずっといっしょだよ、あさこちゃん」


お人形さんは、白い家の開け放たれた窓から、まっ黒な夜の森の中へと、しずかにきえていきました。


おしまい
  1. 2015/07/09(木) 16:26:31|
  2. その他形状変化
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