2ntブログ

バケツと状態変化

歯車

昔のやつ
【平面化】
「たいくつー」

 アロイは鈍色のサッシにもたれかかりながら、ぼんやりと外へ目を向ける。昨日と変わらない、重く垂れ下がった曇り空が、そこにあった。
 雑多に埋まる城下町の方からは、鉄を打つ鋭い金属音や機械の稼働音が、小さく聞こえる。

「たいくつ」

 もう一度、呟く。
 赤い頬に手を当て、ぶすっと口を尖らせた。長く伸ばした銀の髪を片手でくるくるやりながら、彼女は過ごしていた。

 ——かあ様も、とお様も、国に夢中で相手をしてくれない。この前くれたブリキの王冠だって、わたしのご機嫌とりだって見透かせてしまう。

 そこまで考え、溜め息をついた。

 この早熟な女子は、稚児から少女へと変わる過程にいた。すこし前まで身に纏っていた、天真爛漫でキラキラと輝く珠の様な雰囲気は、静かに、だが鋭く光を放つ、上品な装飾のそれへと変わり。十にもならないというのに、真っ赤な目には小さな憂いを宿らせている。

 控えめな装飾が施された服を落ち着いて着こなすその佇まいは、ただの幼子ではないと、一目見てそう理解させるほどの説得力があった。

 ――事実、彼女は国王の娘であった。

 機械帝国。俗にそう呼ばれる国の、姫君。そこがアロイの生まれた場所だった。

 窓の外、ゆっくりと昇る白煙と黒煙。その出どころに目を向ければ、鋼の透き通った美しさや、秩序だって回る歯車に彩られた城下町が、活気溢れる声に満ちた世界が広がっている。

 アロイが窓から見る景色は、いつもこうだった。

 彼女の世界は、この、城の最上階、はじっこの部屋だけだというのに。

 アロイは、街の人々の顔を知らない。知っているのは、みんな同じように優しい表情を張り付けた召し使いや父母の顔だけ。

 アロイは、歯車を近くで見たことがない。機械油にまみれて薄汚いそれに近寄る事を、誰も許してくれなかった。

 アロイは、あの黒煙と白煙が何なのか分からない。ろくに城の外から出たことすらなければ、城下町まで出掛けたことすら、ない。

 ――きっと、とお様に出て行きたい、って頼めば出してくれるんだろうけど。絶対に護衛とかなんとか言って50人ぐらい、ついて来る。そうしたら行きたい所にも行けないだろうし、見たい物も見れないに違いない!

「それじゃ、意味ないの」

 視線を、窓の外から部屋の中へと戻す。
 ぶら下がったシャンデリア。天蓋のついた大きなベッド。飽きるほど抱き締めたぬいぐるみ。夏場には冷たい空気を、冬場には暖かい空気を吐き出すエアダクト。

 自分には、広すぎる部屋。

 ぽつんと、世界から取り残されている。そう思うたびに、アロイはひどく寂しくなって、泣きたくなってしまう。

 いつか、部屋の衣装棚の中に入った事がある。とても安心した。かあ様にはしたないと、こっぴどく怒られた。それ以来、狭い所や隙間には入ってない。

 ――ひょっとして、私はこの世界でひとりぼっちなんじゃないのか。かあ様も、とお様も、召し使いの人たちも、みんなみんな幻で、本当はいないんじゃないか。

 時折そんな事を思い、彼女は身震いをするのだった。

 愛も、物も、何もかもが満たされているはずなのに、何かが足りない。胸に空いた小さな穴から、毎日、毎日。大事な物が溢れて消えていくのを感じる。

 ――きっと、このままじゃダメだ。

 幼い頭の中で、未来への不安が膨れていく。

 アロイは、エアダクトに目を向ける。

 彼女の腰のあたりに設置されたその穴は、小さな子供一人が這って進むには十分な広さがあった。

 入れないように格子を留めていたネジも、この前召し使いにせがんだドライバーで簡単に開けられる。


 ――このまま私は大きくなって、一生、この、ちっぽけな世界の中で過ごすのかもしれない。

 もう一度窓の外に目をやって、意志が固まった。

 ――叱られたって、かまうもんか。

 ――私は、外の世界に行きたい。


 彼女は慣れない手つきで、突き立てたドライバーを回し始めた。

◆ ◆ ◆
 ダクトの中は、思ったよりも狭かった。

 しばらく四つん這いで進んで、お気に入りの服で来たことを後悔する。ひどく汚れてしまった。なんだな埃っぽい。時折顔にぶつかる生暖かい風が、どうにも不愉快だ。

 けれども、部屋に籠って死んだような毎日を繰り返すことを思うと、引き返す気にはなれなかった。

 現在経験している全てが、今までなんかよりも、生きているという感覚を与えてくれた。擦ってじんじんする膝。生臭い機械油。ダクトの外から聞こえる、重苦しい機械の音。その全てが。

 真っ暗で曲がりくねったダクトを、手探りで確認しながら、前へ、前へ。外へ。

 一本道だから、暗くても問題無かった。ただ、身体を前に引きずればいい。そのうち、外に……。


 がくん。


 ――床があると思って突き出した右手が、空を掻いた。

 全身の毛が、一気に逆立った。

 ――彼女の部屋は、城の最上階。動力室は、一階。高低差。ダクトは、垂直に延びていたのだ。

 アロイはバランスを崩し、情けない声をあげ。頭を下に、落下する。

 ――死ぬ。

 そう思った瞬間、目の前に星が散る。床に激突したのだと理解するのに数秒。助かったのだと理解するのに、さらに数秒。

「……ちょっと落ちただけみたい」

 体勢を立て直しつつ、そうひとりごちた。頭に響く鈍い痛みが、妙に新鮮だった。

 そして、再び横へ進もうと膝を床に着いた、その瞬間。


 ばきりと、嫌な音がした。

 同時に、彼女の目の前が眩しくなる。

 ……アロイの体重に耐えきれず、ダクトの溶接部からぱっきりと折れてしまったのだが。彼女にそれを理解する余裕は無かった。

 何が起こったのかを理解する前に、彼女の身体は、薄暗い空間へと放り出された。

◆ ◆ ◆
 がこんと、ダクトが落ちた鈍い音。そのすぐ後に、どさりとアロイが落ちてくる。

「いたぁ……」

 今回も、あまり落差が無かった。ただ、お尻を下に落ちて、少し痛い。じんじんと痺れてなかなか立てないでいる。

「……あれ」

 ――床が、動いてる?

 ――それに、なんだろう。この凸凹……。

 不思議に思って上を見ると、ゆっくり回っている、凸凹のついた変わったオブジェがあった。

 しばらく彼女は座ったまま、何なのか思いを巡らせて。それが、非常に大きな、彼女の背の倍以上はゆうにある、歯車だと理解した時。……そして、自分は歯車の噛み合わせの部分に座っているのだと気付いた時。


 アロイの顔は、氷のように真っ青になった。

 歯車の噛み合わせは、既に目と鼻の先まで迫っていた。

 ――つぶされる!


 心臓が、ぎゅうっと握り締められた。腰が抜ける。立てない。全身から汗が噴き出す。


 噛み合わせから脱出しようとして、震える身体をを横に引き摺って。下を見ると、歯車の森だった。彼女には、今自分がいる所よりも、ずっと、ずっと残酷な場所に映った。

 機重音。機械油の生臭い臭いが、口から胃まで抜けて、激しい吐き気に襲われる。

 ――助からない。

 顔が、青色から赤色に。
 真っ赤な目に映るのは、絶望の一色だ。噛み合わせが迫ってくるにつれて、それは濃くなっていく。

 彼女は、自分がそこに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃなる姿を想像する。簡単に想像できてしまう。数分とたたないうちにそうなるのだと、頭の中で理解している。

「あぁっ、うあっ」

 ――死にたく、ない。

「うぷっ……えぇ!」

 吐瀉物。喉が、鼻の奥が、焼ける。そうなっても、彼女の身体は言うことを聞いてくれない。

 落ちても助からない。

 ――助からない。

 その言葉が、彼女の頭の中で大きく響いた。


「たすっ、たすけてえぇ! だれが! だれかぁ! おとおさん! おかあさん! たすけてぇ! だれかぁ!」

 薄暗い宙に向かって、ただ、ただ、吠えて。それでも帰ってくるのは、重たい機械の音だけで。

「だれがぁ! どめでよぉ!」

 震える声。溢れる涙も、鼻水も、拭うことさえせずに。助かりたい一心で、死にたくなくて。

 ――目の前の歯が、噛み合わせに吸い込まれる。

 次は、アロイのいる場所だ。

「ひいぃい……!」

 弱々しい悲鳴が口から漏れた。噛み合わせから逃げるように後ろに身体を寄せるけれども、すぐ、背中に、歯車の『歯』の冷たい感触を受け取ってしまう。

 もう、アロイはボロボロだった。機械油と埃にまみれて、薄汚くなったドレス。くすんだ銀髪。擦れて赤くなり、傷のついた肌。

 年頃の子らしくつんとしていた顔を、大人びていた目を、くしゃくしゃにして、泣き叫んで、喉をがらがらにして。

 目の前で、アロイと一緒に落ちてきたダクトが、音を立ててくしゃくしゃになりながら、噛み合わせに吸い込まれていく。

 その無惨な様を見て、失禁をして、服に無様なシミを作って。

「いやだ……やだ……おとおさん……おかあさん……」

 ついに、彼女の震える身体にも圧力がかかり始める。膝を折って、体操座りでなるたけ潰されないようにと試みるが、効果は無い。逆に、その格好のまま身動きが取れなくなる。

 そして、ゆっくりと、身体に圧がかかって。

「あ……ぅ……や……」


 身体が、ひしゃげていく。

 九年間と半年かけて育った、アロイという存在が。

 すらりと伸びた手足も、折り曲げた格好のまま醜くひしゃげて、まだ『女らしさ』を見せるまで育っていない腰まわりも、胸も。

 絶望に歪んだ、顔も。骨も、肉も、感情も、思い出も、関係無しに。

 何もかもいっしょくたに潰されて、平面へ圧縮されていく。

 人から、薄っぺらいだけの何かへ。歯車は、アロイを整形していく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 ――最後に、彼女の頭の中に浮かんだもの。

 それは外の世界への憧れ、ではなかった。


「かあ……とお……さ……」


がこん。



◆ ◆ ◆
 年に一度の、調律の日。機械仕掛けの城に狂いが生じないよう、油を挿したり、部品を取り替えたり、ゴミを取ったり。城の住民は大忙しだ。


 姫が失踪して、王と妃はどこかおかしくなってしまった。

 端的に言えば、遥かに政の能力が上がったのだ。二人の笑顔が消えたことなど国にとってみれば些末な問題だろう。

 そして、そのお陰で今日も城下町は活気に溢れている。


 ――城の掃除中、動力室を担当した者が歯車の隙間に二つの異物が挟まっているのを発見した。

 片方は、ひしゃげた金属の塊。同時にダクトが外れているのを発見したので、それだろうと見当がついた。

 もう片方は、触るのも躊躇う程に汚い、ぼろきれだった。

 機械油のこげ茶と鼠色で醜い模様で。変な形に折り曲げられていたが、何度も歯車に潰されたせいだろうか、その折り目を開く事は出来なかった。

 おまけに、排泄物のような臭いと機械油の生臭さが混ざりあって、酷いことになっていたので。担当の者達の裁量で、焼却処分となったのだった。


  1. 2016/07/16(土) 00:32:56|
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