2ntブログ

バケツと状態変化

12歳

【平面化】
「えっと……」

戸惑いを隠せずに、そう、口走った。

* * *
私の名前は、キアリー。 世界を股に掛ける超一流の商人、ミレイユ様の一番弟子で、駆け出しの商人、って肩書き。今はまだまだ失敗ばかりだけど、いつか必ず、おししょー(お師匠)様を超える大商人になってみせるんだから!

今日は、おししょー様に『仕入れに行くぞ』って行ってもらえてご機嫌なのさ。連れてってもらえるなんて、嬉しくないわけがない、っていうか。おししょー様に弟子入りして、二年とちょっと。ずうっと売り子とか、店番とかさせられてて、もどかしく思ってたんだ。この前、おししょー様に秘密で、勝手にでダンジョンに乗り込んで。それで、お宝を獲得して帰ってきたんだけど。それ以降、おししょー様の私への対応が丁寧になった気がするんだよね。やっぱり、見直したっていうか、有能な弟子だってことを証明できたからかな! 最後の最後でヘマをしちゃって、偶然通りかかったおししょー様に助けてもらったけど、それ以外は満点だったと思う。まあ、ちょっと恥ずかしい思いもしたけど、それぐらいは許容範囲ってやつだよね。

……商人の弟子にとって、師匠の仕入れに同行できるってのは、少し認めてもらえたって証拠。有頂天になって。それで、おししょー様の言う通りに、ダンジョンとやらまでやって来たはいいけど。私の目の前に現れたのは、ボロボロの遺跡。聞けば、練習のためのダンジョンだとか。もう長いこと、誰も来てないらしいけど。

「こんなところ、あの洞窟から帰還した私にとっては、ちょちょいのちょいですよ!」
「調子にのってると、死ぬぞ」

いつになく、真面目な声だった。お遊びじゃあない、お仕事なんだ、という口調。おししょー様はタバコをもくもくやりながら、言葉を続ける。

「まずはお前一人で攻略してこい。お前の実力を見てやる」
「が、がってんです!」
「まあ、ちんちくりんには、あんまり期待してないがな」
「その言葉、覚えていてくださいね!」

おししょー様に背を向け、遺跡の入り口——荘厳な装飾が施され、見る者にずっしりとした重量感を与えるその扉に、手をかける。なんだか緊張してるのは、気のせいだと信じたい。大丈夫、大丈夫だって。ちゃんと、期待に応えられるって。

「あ、そういえば。あの薬は飲んだか?」
「あ、はい」
「途中で漏らしてもいいようにオムツは? 怖くなった時に隠れる穴を掘る為のスコップは? 泣いて鼻をたらしても平気なよう、ちり紙は?」
「馬鹿にしないでくださいよ!」

おししょー様のやじに声を荒げ。私は、遺跡の中へと足を踏み出した。

* * *
そして、現在。道中、いくつかの罠を見つけては、それを全て回避しながら進んできた。あからさまに怪しいボタンとか、色が違うタイルとか、そういうのには触らないのが鉄則だ。転がっている骸骨は、そこで命を落とした冒険者がいる証。より、気をつけて進めばいい。
遺跡の中は整然としていて、見通しの悪い洞窟とは違った不気味さが際立つ。柱や扉で区切られた部屋、廊下。ひびわれた彫像の横を通り過ぎて、ゆっくりと先へ。目指すのは、宝物庫。私は冒険者ではない。商人なのだ。無理をしてお宝を狙う、というよりも、いけそうな道を進めるだけ進み、危なくなったらすぐに引き返す。それだけでも、よっぽどじゃない限り死にはしない。そう、おししょー様からも、教わった。
……他にも、万が一魔物に出会ったら、全力で逃げること、スライムに魔法を使ってはいけないこと、なるたけ仕掛けを把握してから進むこと、そして、そのために、変化に敏感であること。そういうことを、教わったんだ。
やがて、扉が3つある部屋に辿り着く。真正面と、左右にある部屋。入ってきた扉も合わせて、四方向、全ての壁に扉が張り付いてるわけだ。広さは歩幅10四方ぐらい。変な色のタイルも、骸骨も、無い。うん、大丈夫。
確認してから、扉の前へ歩を進める。全く同じ装飾の施された、石の扉たち。その横には、それぞれプレートが貼ってあった。古代文字で印がしてあるけど、これぐらいなら、なんとか読める。えっと……

『武器庫』

『食料庫』

『宝物庫』

あれ?

「えっと……」

もしかして。目をこすり、もう一度。

『宝物庫』って、確かに書いてある。

……いや、罠でしょ。どう考えたって。こんなあからさまに、宝物がありますよー素敵ですよーなんてアピールするのは、物語の世界だけだ。どうせ入った途端に落とし穴だったり、見たこともない敵がいたりするんだ。うん、知ってるよ、私は。だから、他の場所を探そう。
そう考えて、そのドアから背を向けて……思い直す。
もし、これで本当に宝物庫だったら? 実際、ここまで来るのに割と時間がかかったし、それに合うだけ奥の方まで来た気がする。仮に、だよ? もし仮に、これで見逃してしまったら、私はとんでもないマヌケ、ってことになってしまう。
おししょー様の声が、頭の中でこだまする。
『ちんちくりんには、期待してないがな』
「……入ろう」
奮い立たせるように、ひとりごちる。大丈夫、なんてことない。動かなければ、仕掛けが作動するなんてことはないんだから。試しに扉を開けてみて、罠がありそうだったら閉めて違う所に向かえばいい。部屋に入らなければいい。それだけのことだ。
そして、深呼吸をして。

あれ? ここだけ、ドアノブじゃなくて、扉に手をかけられるように、くぼみが……ああ、引き戸か。気がついて、他の3つの扉に目をやると、どれも同じようなつくりで。他の部屋が全てドアノブだったから、少し戸惑ってしまった。

仕切り直しだ。再び、息を吸い込んで。扉に、手をかけて。

ゆっくりと、扉を、右へ。

想定外だったのは、扉が、ほんの少ししか動かなかったこと。そして、それが、鍵が掛かっているから、とか、何かがつっかえてるからとか、そういうのが原因じゃなかったこと。

かちり。

おおよそ、この場で一番聞きたくない音。罠の引き金を引いた感触。あっと思った瞬間、ガシャリと錠が落ちる音が、続く。私の周り、三方向から。
弾かれたように入ってきた扉に駆け寄って、手をかけ、力を込める。

——開かない! 嘘でしょ!?

鍵がかかってる! 引き戸を押し込んだのが、引き金になっていたみたい。力いっぱい引いても、岩になってしまったみたいに動かない。武器庫と食料庫の扉で試してみても、びくともしない。力を込めろ、って命令する私の頭。それなのに、焦って震えて、思うように力が入らない。引き戸を押し込むことが、スイッチになってたんだ。そう気付いた時には、手遅れだった。この部屋には何も無いとたかをくくって油断していた、数間前の自分をぶん殴ってやりたい。おかげで、狭いこの部屋に閉じ込められてしまった。そして。『それだけ』で終わる筈がないと、勘がそう告げていた。
果たして、それは的中することとなる。不幸にも。

「うそでしょ……!」

じりじりと降りてくる天井を仰ぎ、そう呟かずにはいられなかった。

吊り天井について、『お師匠様の罠講座』で、教わったことがある。——古くからの典型的な罠で、知的生物が作ったのダンジョンに広く使われてる。対処は簡単で、他よりも明らかに狭い部屋とか、ドアノブとかのつっかえる物が無い部屋を見かけたら、全力で逃げること。吊り天井の利点は、罠を知ってる人間は普通に通路として使えるところ。つまり、自分達が安全に通り抜けられる場所が、敵にとっては即死に繋がる罠に早変わりするってことだ。その性質から、袋小路に仕掛けるよりも通路に仕掛けた方が効果が発揮されやすい。それを逆手に取れば、吊り天井だと気付いたなら、入ってきた道を引き返せば、大抵は無事に帰りおおせられる。……気付いたなら、だ。逆に、こうして閉じ込められてしまったら、大抵は助からない。助からない。助からない。助からない。助からない。

頭の中で、おししょー様の声がこだまする。

——ああ、余談だけど。罠を仕掛ける輩(やから)ってのは『いい』性格の奴が多くて。こういう吊り天井ってのは、逆に時間をかけて殺すんだ。こんな初歩的な罠すら見抜けないバカに、後悔の時間を与えるために、な——

「え……うそ……」

気のせいだと思いたかった。一回俯いて、瞬きして、もう一回見上げる。目の錯覚だと信じて、壁に刻まれた傷と天井との位置を比較する。片眼だけで見てみる。そういったようなどんなに努力をしてみても、天井と私との距離は、明らかに縮んでいた。

ぎゅうっと、心臓が、小さく押し潰されたような。そんな感じがした。呆然と、固定されてしまったみたいに天井から視線を外せない。ゆっくりと、私目掛けて、落ちてくる。よく見るとそこには、薄黒いシミが、いくつもいくつも重なり、広がっていて。——自分が押し潰され、そのシミの仲間入りをするのだと、その瞬間を想像してしまう。這って動く空間すら無い狭間で、天井の冷たい味を知る、その姿を——

頭よりも先に、体が動いた。入ってきた扉に飛びつき、窪みに手をかけ、引く。開け、開け、開いてよ! 指先がうっ血して、かじかんで。それでもなお、力を込める。だが、目の前の扉はうんともすんとも言わない。じゃあ、違う扉だ! そう考えて、残り二つでも試す。が、ダメ。冷たい石の感触が、手に残るだけだった。震えが止まらない。

「お願いだから……開いてよぉ……!」

やがて、手は疲れ、指先の方の感覚が消える。確認するように見上げると、もう、天井は手を伸ばせば届きそうなぐらいまで下がってきていた。いよいよ、自分が潰される実感が湧いてくる。怖い。嫌だ。死にたくない。そういう感情がぐちゃぐちゃに混ざって、頭がくらくらする。それでも、助かりたくて。また、入口に縋(すが)る。

「だっ……誰か!」

扉の外へ向け、大きな声で。誰でもいいから。おししょー様でも、たまたま通りかかった人でも、魔物でも、なんでもいいから。この、狭くなっていく部屋から出られるなら、何だってするから! だから、だから——

「助けてぇ! 誰か、誰かぁ! ここから出してよぉ!」

扉を、叩く。がつん、がつんと。手が痛くなっても、ただひたすらに。恐怖からくる涙も、しゃがれていく声も、気に留めず。叫ぶ、吠える。なりふりなんて、かまってられない。誰か来てくれれば、助かるかもしれない。絶望に染まりつつある頭が捻り出した、唯一の希望の光は。天井と床との距離が縮むにつれ、小さくなって。やがて天井が、私の頭にコツンと当たって。その瞬間、その光は闇に飲み込まれ、あっけなく消えた。ボロボロになった両手と、鈍い痛みだけを残して。

——腰が、ぬける。ぺたんと床に尻がついて、接着されたみたいに立ち上がれない。この前も、こんなことがあったような気がする。それも、ぼろぼろにされる直前に。今と同じように。

「ひ……ひいぃっ……」

恐怖とか、絶望とか、慄然とか、そういう感情。それが抑えきれず、失禁という形で私の身体から漏れ出て、らくだ色のローブに染みを広げてゆく。冷たい石の床と、生ぬるいそれとの温差が、べったりとして気持ち悪い。ツンと鼻の奥を刺すような臭いが、こびりついて、離れなくて。力が抜けて、ろくに動かせない両脚。逃げたくて、でも、逃げられなくて。自由な腕で、身体を引きずる苦肉の策。何の解決にもなりはしないけど、じっとしていることなんて出来やしなかった。怖くて、怖くて、仕方がなかった。

——でも、座って稼いだ分の空間も、もう無くなってしまった。座り込んだ私の頭と天井とが触れ合い、見上げ、吐き気に襲われる。もう、私が人として形を留めていられる時間の限界が、目に見えて迫っていた。

「やだっ、やだぁっ!」

無駄だと分かっていながら、手を突っ張って、支えにしようとする。もちろん、何の抵抗にもならない。でも、そうしないではいられないんだ。逃げるように身体を倒し、仰向けの姿勢になって。天井に張り付いた、吐き出されたガムのような、歪な物体を。かつての冒険者たちの、成れの果てであり、私の未来の姿である、それを。見まいとすればするほど、目は見開いたままで動かなくて。
拒むように伸ばした腕は圧力に負け、床に肩をつき、肘をつき。やがて、肘から先を直角に曲げた格好から、身動きが取れなくなる。もう、助からない。怖い。死にたくない。まだ、こんなところで。いろんな思いが溢れるけれど、全て、私の脈拍を早くするだけ。荒くなった息が、目と鼻の先にある天井からはね返り、顔にかかる。涙が止まらなかった。震えて、苦しくて。勝手に、口が動いた。

「おししょーさまぁ……たすけふぇ……」

言葉の最後は、私の顔ごと、押し潰されて。言うことすら、叶わなかった。

* * *

「本当に帰ってこないなんて、聞いてないぞ、オイ……!」
古びた遺跡を駆け抜ける、一つの影。大商人兼キアリーの師匠、ミレイユだ。罠なんて関係ないとばかりに、最短距離を走る、走る。当然、作動する引き掛け。跳ね出す剣、飛び交う矢。それらを全て、いなしてゆく。当たるか当たらないかの所で避け、時には叩き壊し。ダンジョンを、奥へ、奥へ。この程度の罠など、その道で名を馳せるだけの実力者である彼女にとっては、無きに等しかった。キアリーが三刻かけて進んだ道を、半刻足らずで辿り終える。

「くそっ……」

目の前に迫る矢を掴み、後方に投げ捨てる。彼女の額には、玉の汗がぷつぷつと立っていた。——信じて送り出したキアリーが、まさか、本当に帰ってこないだなんて。数刻前の自分をくびり殺してやりたい。いくらキアリーが才能に溢れているからといって、その上で胡座をかいて、雑な命令をして、このザマ。全部、あたしのミスだ。死亡透過の薬を飲ませたとはいえ、動けなくなるタイプのトラップに引っかかってしまえば。じわじわと嬲られるだけだ。不安で、仕方がない。無事でいてくれよ——

「キアリー、キアリー……!」

苛立ちと焦燥とを足に込め、扉を蹴り砕く。その勢いのまま、部屋に飛び込み。そして、気付く。不自然なまでに整然とした内装、何一つ突起の無い壁。吊り天井だと、すぐに察した。入口はたった今しがたぶち壊したから、閉じ込められる心配がない。だから、怖くは無いのだが。
「水漏り……?」
地面の石が、薄黒く染まっている箇所がある。それも、割と新しい。直感的に怪しく思い、彼女は近付いて確認する。まず気になったのは、異臭だった。身近に嗅いだことのある、この臭いは。

「キアリーの奴、本当に漏らしやがったな……」

そう呟いて、天井を仰ぐ。

果たして、そこにはベージュの薄っぺらい、歪な楕円のような形の布切れが、ぺったりと貼り付いていた。見つかってよかった。ミレイユは安堵と共に、ため息を一つ吐く。その後で、おもむろに鞄から『天狗の団扇』を取り出し、上へ向かって、大きく振った。
静かな部屋の中に風が巻き起こり。そしてそれは、天井にシールのごとく貼り付いた、キアリーをも剥がし取る。風にもみくちゃにされ、宙を舞い。やがて、時間をかけ、ひらりひらりと地に落ちる。ミレイユはその様子を、なんともいえない目で見つめていた。

床に落ちたキアリーの姿を一言で表現するなら、無様、というのがしっくりくる。馬に踏み潰されたヒキガエルのようで、所謂(いわゆる)人間の姿というものからはかけ離れていて。厚みを持っていた所は、その体積の分だけ横に広がっており。その為に、あれほど大事にしていたローブも、恐怖に黄色く染みを作った真っ白な下着も。全て破れ、だらしない姿を憧れの師匠に晒すこととなる。——四肢はローブの袖口と同じぐらいの太さに。発達途上だった胸と尻とはそれが作り話のように強調され、乳房と乳房の谷間、無毛のまま育った下の唇、年頃らしさを感じさせる尻の割れ目、その全てがぴっちりと閉じ、肌色単一色に染まり。大きな円に拡張された顔、両目の焦点は合わず、鼻は轢き潰され、口は垂れ下がった舌の赤と一緒くたに扁平に。身体全体を通して見れば、出来損ないの三つ玉元の串団子から不細工な手足を生やしたような形。活剌(かつらつ)とした様子は未成熟な身体の厚みとともに失われ、ただただ注意力散漫による慣れの果てを見せつける、醜悪な抜け殻だけが、そこには残されていた。
漏らした小便は薄い隙間の間で身体に馴染み、先ほどまで接着剤の役割を果たしていたのだろうか、全身からは、あの独特の、鼻を付くような臭いがまとわりついていた。

ミレイユは、再び、ため息を吐く。今度は、安堵からではなく、面倒臭さと、呆れと、少々の失望からくる——キアリーが死んでも聞きたくなかったであろう——それだった。

「ちんちくりんは、仕方が無いなぁ……」

そう呟き、目の前に横たわるキアリーだったものに、不恰好な物体に、手をかけ、くるくると巻いてゆく。……途中、その薄っぺらいぼろきれが大きく震え、じんわりと黄色い液体が染み出してきたが。ミレイユのその手は、止まることはなかった。

* * *

後日、臭いを取るために選択を、乾かす為に日干しを、身体を膨らますために空気入れを経て、キアリーはまた、元の形に戻るのだけれども。びりびりに破れてしまったローブや下着、一緒に潰されて使えなくなってしまったアイテム。その分のお金を稼ぐために、なんとかやりくりしなければいけなくなって。とんでもない事になってしまうのだが……それはまた、別のお話。

おしまい。
  1. 2014/04/16(水) 14:06:54|
  2. 平面化
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<銀貨四枚の夜 | ホーム | 鏡の森>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://greatbucketmen.blog.2nt.com/tb.php/29-bc751b75
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

かんやん

Author:かんやん
だいたいツイッタにいます

カテゴリ

未分類 (7)
平面化 (10)
膨体化 (1)
その他形状変化 (7)
食品化 (3)
物品化 (2)
被食・スカトロ系 (3)
非状態変化 (1)
おえかき (11)
2.3.4 (0)

このブログの総閲覧数

そうえつらんすう

総閲覧数

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する