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バケツと状態変化

93.1

【版権 状態変化要素 まだなし】
「うあー……」
「はふぅ」

新曲のMVの撮影も終わり、グミとミクの二人は楽屋に戻ってきていた。この日のスケジュールは、午前中に曲音源の収録、午後にMVの撮影、といったものだった。グミのプロデューサー……マスターが作った激しめの曲調もあってか、動きのあるポーズが指定されることも多く、なかなかハードな1日だった。
グミは疲れ果て、楽屋に着くやいなや椅子に座り混んでうめき声をあげる。その一方で、ミクはまだ余裕がありそうな様子を見せていた。


「おつかれさま、グミちゃん」
「ミクさんこそおつかれさまです……」

ミクから差し出されたボトルを受け取ると、口につける。もどかしくなってぎゅっと握りしめ、ごくごくと中の水を飲みほす。疲れてからからになった身体に染み渡る。湿った衣装服から普段着に着替えて、風呂からあがったときのような心地よさがあった。

「いやー、グミちゃん、最近すごいよね。飛ぶ鳥を落とす勢いっていうか、当たるべからざる勢いっていうか」

自慢の長い髪をまとめながら、ミクはそう言った。グミにはそれが、鼻にかけているわけでもなく、心からそう思っているように感じ取れた。

「ミクさんに言われると、嫌味にしか聞こえないですね」

グミは肩をすくめ、笑いながら返す。するとミクは、顔色を変えもせず言ってみせる。

「私はグミちゃんのことライバルだと思ってるし、負けたくないとも思ってるよ?」
「あははは……勘弁してください」

本当に勘弁してほしい。勝ちたくない……とは言わないが、勝てる気がしないのは事実だ。今回の収録のデュエットだって、ミクに実力の差を見せつけられているようでグミには辛いものがあった。表現力だったり、心構えだったり、そういったもの全てが自分より優れているように思えてしまった。
もちろん、そういった感情はおくびにも出さない。ただ、何をすべきかを考える。

「ミクさん、よかったら、何か私にアドバイスとかありますか?」
「……今の流れでそういうことを躊躇わずに聞けるずぶとさ、グミちゃんのいいとこだよね」
「ありがとうございます」

それからミクは、小さくためいきを吐く。そうだね、と顎に手を当てて、言葉を選ぶそぶりを見せる。先ほどまでの温和な雰囲気は消え、どこかピンと張り詰めた空気を彼女は纏っていた。

「まだ、グミちゃんはマスターの曲を歌ってるだけってところがあるよね」

つぷりと、言葉の、冷たい刃の切っ先が胸に刺さってくるのを感じる。これからミクは、あまりに正しくて、残酷なことを言ってくる。そんな確かな予感が、グミの中にあった。ミクは続ける。

「作られた曲にしか目が向いてない……っていうのかな、マスターがものすごい時間と労力とを費やして作ってる、その過程を見てない。そういう印象かなぁ。 厳しい言い方をすると、ね。人一倍努力もしてるし、実力もついてきてる。けど、誰だって同じことをできるよね?」

そう投げかけられて、グミの胸の奥はかあっと熱くなった。あぁ、こんなことを言われるんだなぁと、客観的に見ている自分がどこかにいた。確かに、自分はマスターの歌を歌っているだけのところはある。だが、それが自分の役目だと思ってもいる。逆に、歌を歌うこと以外に何かすべきなのだろうか? その一方で、今日のデュエットで、自分に足りないものがあることをまざまざと見せつけられた事実がある。頭の中で、いろいろな思いが浮かび、消える。反論しようと思いつつも、その材料がない。ぐうの音も出ない、というのはこういうことを言うんだろうか。

「……ありがとうございます」

結局、そうとしか声が出なかった。

それから、フォローをするように、ミクがグミのよいことをいろいろと褒めた。けれども、そのどれも上滑りしているように思えて仕方がなく、頭の中に焦げ付いた先ほどの指摘が悔しくて仕方がなかった。誰だってわたしと同じことができる。その言葉が苦しくてたまらない。「それじゃあ、私はお先に」と、ミクが席を立った時にようやく我に返ったが、彼女が残した「頑張ってね」という言葉に、ろくに返事をすることができなかった。拭き取りきれなかった汗のせいで肌に張り付いた髪がべたつくのが、ひどく不愉快だった。

やがてグミのマスターも、迎えに来る。ふらふらとビルの外に出ると、行きにも乗ってきた赤い車が彼女を待っていた。車のドアがやけに重い。倒れこむようにして、後部座席に座り込んだ。

「おーう、お疲れさん! どうだった?」

そして、彼……グミのマスターが、運転席から振り返り、彼女に顔を向ける。普段ならなんとも思わないその笑顔が、なんとなく気に障った。

「ふつう」
「そうかそうか、頑張ったみたいだな! ほら、シートベルトを締めろ、出発するぞ!」
「もう締めてる」
「おっけー!」

ぶっきらぼうに返しても、彼はまるで気にとめる様子がなく、いつものひょうきんな調子をくずさない。のろのろと走り出した車はゆるやかに加速し、景色が流れていく。先ほどまでいた場所も、あっという間にずっと遠くだ。

「ミクさんとのデュエット、やっぱり緊張した?」
「うん」
「どれぐらい? 39緊張ぐらいか?」
「93緊張ぐらい」

ははは、と彼は笑う。なんとなくバカにされたようで、グミはムッとしてしまう。

「マスターは待ってるだけだからいいよね」
「ああそうだ、おれは待ってるだけだ。グミはなんだかんだ言って、緊張なんてしない。0緊張だ!」
「バカにしてんの?」
「実際おまえはバカだろう?」

無言で後部座席から、運転席を蹴り飛ばす。うはぁと彼が情けない声をあげるので、幾分か気が晴れた。車は全く信号に引っかからず、すいすいと道を進んでいく。

「やっぱり本物のミクさんは美人なんだろうなぁ。オーラとか、やっぱあった?」
「髪がすごかった」

再び彼は笑う。今度は大声で。思ったことを言っただけのはずが、口に出すと思いの外おかしくて、グミもつられて笑ってしまう。

「髪がすごいって、あのさ、他の感想あるだろ!」
「いや本当に、髪、って感じで、迫力とかすごくて。撮影の時に踊ったりもしたんだけど、うおおっ、髪がー、って感じで」
「うおおって、そんなにか⁉︎」
「そう、そんなに。テレビとかで見る分には気にならないけど、見るとすごい迫力があって。あれだけあったら、首の筋肉とか凄いんだろうなーって」
「頭突きとかされたくないな」

その言葉に軽く噴き出してしまう。あの穏やかなミクさんが頭突きなんて! 想像すると、おもしろくてたまらなかった。

「グミも髪をあんな風にしてみたいとは思わないか?」
「ムリ。癖っ毛だし、お風呂とかお手洗いの時とか大変そう」
「おーなるほど。んでも、あれだけ長くしないにしても、グミなら長髪も似合うと思んだけどなぁー……」

そう言われると、まんざらでもなくなってくるから不思議だ。今度は伸ばしてみようか。ミクさんみたいに。

ミクさんみたいに。そう思った瞬間、先ほどの言葉が脳裏に蘇る。

『誰にでも同じことができるよね?』

自分では、本当にそうなのかどうかは分からない。自分の表現力が劣っているのか、優れているのか、客観的に見るのは得意ではない。けれども、歌っている時のミクの姿から、自分にはないものを感じたのは確かだ。グミのマスターが作った曲なのに、ミクが歌っている時の方が華やいで聴こえる。

グミの頭の中で、言葉が回る。

車は信号に引っ掛かり、景色は止まる。

「マスターは」
「ん、どうした?」

逡巡。聞かないほうがいいんじゃないか。そう遮る自分が、確かにいた。

「マスターは、どうしてわたしを選んだの?」

目の前を、大きなトラックが通り過ぎる。ぴりぴりした感情が、自分の中でハウリングしてる。聞いてよかったのか。聞いてしまった、とも思った。マスターは振り向かないまま、言った。

「なんとなく、だな」

「!」

「あぁ、違う違う、誰でもいいってわけじゃない。ほら、ポ○モンだって最初の3匹選ぶ時、ピンときたやつで選ぶだろ? こいつとならやっていけそうだーって。 ああいや、グミはポケモンじゃないんだけど、そんな感じだ!」

それから彼は後部座席の方に、グミの方に顔を向けて、続ける。

「おれは、おまえが来てくれて良かったと思ってるぞ? それでいいだろ?」

はち切れそうなほどの笑顔だった。
自分の中でよくわからない温かいものがこみ上げてくるような、そんな気がした。

「……マスター」
「ん?」
「信号、青」
「おわぁヤバい!」


再び流れ出した窓の外を眺めながら、彼女はぼんやりと、言葉を反芻した。運転席の、彼に聞こえないように。

「マスターと向き合う……」




家に到着する頃には、とっぷりと日が暮れていた。グミがダイニングのソファに倒れこむと、マスターがキッチンに向かい、夕飯の準備を始める。

グミは、彼の家に居候している。自室付きで。バスルームも、お手洗いも、自分専用。というか、マスターは銭湯が好きだからだとか、コンビニに行ってくるだとか理由をつけて、家でそういう行為をしない。どころか、彼は平時はいつも防音室もかねた書斎にこもり、ひたすら作業をしているから、グミがこの家の主人のようなものだった。

「今夜はカレーだからな」
「んー」
「あれ、カレー嫌いだったか?」
「好きー」
「どれぐらい? 50好きぐらい?」
「60好きぐらい」

程なくして、キッチンからソファまでいい香りが漂ってくる。グミのお腹が鳴る。よろよろと机に座り、カレーが差し出されるのを待つ。テレビをつけると、料理番組がやっていたので、それを眺める。


「ほい、できた」
「んん」
「いただきます」
「いただきます」

「……グミ、かっこまない」
「…………」
「口に詰めこまない」
「はっへおなははすい」
「食べたまま喋らない」
「…………ん」
「……そんなにお腹が空いてたのか」
「80ハラヘリぐらい」
「なんだよその単位」
「マスターの真似」
「俺もそれ使うからな、覚悟しろ」

何を覚悟するというんだろうか。グミは再びカレーを頬張る。お腹にご飯が入るだけで元気が出てくるから不思議なものだ。暗くなっていた感情も明るいほうに向かい、なんとかなる気がしてくる。

マスターと向き合うためには、どうすればいいんだろう。

……お手伝いをするとか、どうだろうか。

「……マスター」
「おう、どうした?」
「今日は私が食器洗おうか?」

彼がむせる。大丈夫か、と心配したら、ありがとう大丈夫だ、と早口で言われた。

「……どうしたよ急に?」
「いや、いつもやってくれてるし、たまには私が、と思って」
「いや、おれがやりたいからやってるから大丈夫だ」
「でも」
「それに、グミは今日、すごい疲れてるだろ? そんなので皿を落として怪我でもしたら大変だ」
「う……」
「んでも、気持ちはすごい嬉しかったからな、ありがとう!」

その言葉にグミは黙って頷く。ダメみたいだ。他の案を考える。

「食べ終わったら、部屋に掃除機をかけるね」
「あ、今日はグミが収録してる間に全部したから大丈夫だぞ」
「……わたしの部屋も?」
「あ…………自分でやるってこの前言ってたな……」
「…………」
「…………ごめん」
「まあ、いいけどさ、一言欲しかったっていうか……」
「ほんとごめん」

沈黙。それから思う。

あれ? 手伝おうとしたはずなのに、なんでわたしはマスターに文句を言ったんだろ?

自分のことがとんでもなくダメなやつに思えて、グミの心は徐々に沈んでいく。

「いや、ほんとごめん! これからは勝手に掃除しないから! 許して!」

マスターはグミの表情が暗くなるのを自分のせいだと勘違いしているらしく、それがまた彼女の気分を重くした。
これも、ダメみたいだ。


——結局、なにも思いつかないまま夕食が終わり、風呂も済ませて寝る支度も整えてしまった。
ベッドに横になり、グミは考える。電気を消して布団もかぶったというのに、彼女の頭はさえていた。こんなに身体は疲れているのに、妙な感覚だった。

このままじゃ、だめだ。なにも変わらない。現状、マスターにおんぶにだっこだ。どうすればいいんだろう。どうすれば、曲を自分のものにできるんだろう。

『グミちゃんは、マスターが曲をつくる過程を見ていない』

ふっと、そんな彼女の言葉が思い浮かんだ。

……わたしは、わたしが歌うようにマスターは曲を作るのだと思っているけれど、違うのだろうか。だとしたら、何が違うのだろう。いや、そもそも。私と彼の何が違うのだろう。曲を作る側と歌う側以上の違いがあるような気がする。もっと彼のことを理解したい。それこそ。

誰かにとってかわられることなんてないぐらいに。

毛布をはねのけると、ベッドから起き上がった。疲れなんてどうでもいいくらいに、いてもたってもいられなくなってしまった。部屋を出て、書斎——マスターの部屋に向かう。
彼が作業をしてるのを横で眺めていよう。そうすれば、何か掴めるかもしれない。帰れ、体に悪い、なんて言われるだろうことはもう予想がついてる。それでも、かまうもんか。

部屋の鍵は開いていた。いや、いつも開いていたのか。彼が招き入れる時以外、グミは彼の部屋に入ったことがなかったから、それさえも知らなかった。ドアノブに手をかけると、分厚くて重たい扉は音も立てずに開いた。

「マスター……?」

部屋の中には、誰もいなかった。すぐに、マスターはお風呂かコンビニかに出かけているのだろうと思い至る。
そして、机の上に置かれたデスクトップパソコンのディスプレイが、青白く光っている、そのことに彼女は気がついた。


吸い寄せられるように、グミはそこへ近づいていった。罪悪感はなかった。どころか、何も考えていなかった。普段、マスターが触れているものが一体何なのか、少し気になっただけだった。

ふと、ディスプレイの横に、グミとマスターが並んで映ってる写真が立ててあることに気がついた。二人揃ってピースをしてる。嬉しくもこそばゆくなって、ディスプレイに目を移した。


タスクバーに、最小化されたフォルダが光っている。クリックする。ウィンドウが表示される。そのフォルダは、『状態変化』と名前が付けられていた。そして、そこには画像が幾枚も保存されているようだった。水の液化とか、気化とか、そういったものだろうか。『液体化』や『凍結』など名前付けされたものが見られたことから、おそらくそうだろうと推測する。日付と画像タイトルによってマスゲームのように整然と並んだそれらに、普段陽気なマスターの意外な一面を見た気分になって、グミはささやかな優越感に似た喜びを感じた。

マウスのカーソルを、一番上の画像に合わせる。『平面化 01』とだけ名前が付けてあった。


躊躇せず、クリックする。



目が点になる。



「へ……え……?」

「……グミ?」


不意に、後ろから声をかけられる。心臓が口から飛び出る。


反射的に振り向く。手が、側にあった写真立てに当たる。


開きっぱなしの書斎の入り口に、マスターが立ちすくんでいる。



「……何してる?」



逆光で、彼の表情はわからない。


頭の中で、言葉が氾濫する。


おかえりなさい。どこに行ってたの? 勝手に部屋に入ってごめんなさい。無断でパソコンを弄ってごめんなさい。何これ。どういうことなの。こういうのが好きなの。悪気はなかったの。



グミは、言葉を選ぼうとして、その実まったく選べなかった。


つまり、思ったことが、そのまま口から出てしまった。



「き……きもちわるい……」


バランスを崩した写真立てが、ぱたりと倒れる。



つづく
  1. 2015/06/02(火) 12:06:34|
  2. 非状態変化
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